25、その少年の中学ライフ開始

その少年は中学校生活が始まった。

隣の小学校に通っていた人たちと合わさる中学校。

その少年が通う小学校より、栄えた駅に近い小学校に通っていた人たち。
都会側の小学校に通っていたその人たちは、みんな大きく見えた。

体格もそうなのだが、入学式でソワソワとしていたその少年たちとは違い、どこか落ち着いていた。
田舎側の小学校のその少年たちは、先制攻撃をもろに食らっていた。

クラスは都会半分、田舎半分で綺麗に分けられた。
小学校6年間同じクラスだった吉田さんは違うクラスになってしまった。
(吉田さんへの想い:過去の記事【17,その少年の変な失恋】参照)
https://note.com/watashiomu/n/n8409368efe7b

同じクラスには、田舎で仲の良かった友達はいなかった。

入学式の日、その少年は不安だらけで、終始オロオロしていた。
それがバレないように、兄の着方をマネした制服の着方と兄のヘアワックスを勝手に使って立てた髪の毛を治したり、崩したりしてオロオロを隠した。

3歳上の兄は、その少年の入学と入れ替わりでロケット鉛筆のように卒業していた。


オロオロの入学式が終わり、クラスで色んな説明を受けた後はすぐにその日の学校は終わった。

が、その少年は担任の先生に呼ばれた。

担任の先生は女性で、クラスの男子の大半よりも身長が低く、
最初の挨拶では、初めて担任としてクラスを持つような事を言っていた。
ショートカットの似合う若い先生だった。

そして、そのショートカット先生に連れられていくと、生徒指導室という表札のある部屋たどり着いた。

そして、そこにブチ込まれた。

文字通り、ブチ込まれた。

人は見かけによらないと学んだ。


そこには、生徒指導のクワハラと名乗る丸刈りで目がつり上がっている先生がいた。

その丸刈りクワハラは、身長はその少年より少し高いぐらいで体も筋肉モリモリというわけではなかったが、捲っているジャージからのぞく腕は血管が浮き立ち引き締まっていた。

丸刈りクワハラは、その少年の服装とヘアワックスの着いた髪の毛を怒った。

そんなに大きくない体のどこにそれだけのエネルギーがあるのだろうか不思議なほど、大きな声でその少年に怒鳴った。

人は見かけ通りな事もあると学んだ。

そして、兄が当然のように着けていたヘアワックスも、外していたボタンも、出していたシャツも、ルールに背いていたのだと知った。


生徒指導室から出たその少年は、一人で家に帰った。

一緒に帰る約束をしていた家が近所の田舎の友達はもうすでに帰っていた。

ひとりで勝手に中学の洗礼を受けたその少年は、ひとりでトボトボと家に帰った。

中学校には、恐ろしい大人がたくさんいると知った入学式だった。


次の日、
ボタンをキッチリ留め、シャツを出さず、少し寝癖でピンと跳ねた髪の毛を気にしながら登校した。

学校に到着すると、教室にたどり着くまでに多くの先輩という名称の同じ服を着た人たちに会った。

その先輩たちの中に、小学校の時に野球部で一緒だった1歳上の友達がいた。

その1歳上の友達に声をかけると、1歳上の友達はよそよそしく言葉を返してきた。
そして、その少年を自分がいた群れから離して小さい声でその少年に教えた。


「俺と2人の時はいいけど、みんながいる時は敬語で話した方がいい」


その少年はなぜなのかよく分からなかったが、その1歳上の友達の言い方に優しさを感じ、「分かった」と返した。



教室にたどり着き、その少年は昨日配られた大量の教科書を整理した。

算数は数学に変わり、国語は古典と現代文の2つに別れ、社会は日本史と世界史と地理の3つに別れ、かと思えば理科は理科のままで、英語という新ジャンルが始まる…。

その少年はもう頭がパンクしそうだった。


そして、諦める教科を選びはじめた。


全部を習得するのは不可能だと、入学2日目で判断したのだった。
まだどの授業も始まっていない段階だったが、そうした。


数学は即決で諦めた。

その少年は、分数の掛け算につまずいてから算数が一切分からなかった。

それは、少し長引いた風邪をひいた小学3年生の時だった。
学校を休む前に習いはじめた分数の足し算は、そこまで大きな苦労はなく授業についていき、理解をしていた。

しかし、少しの休みが終わって授業に戻ると、分数は掛けられていた。
掛けが理解できないその少年を置き去りに、授業は割りへと進んでいった。

その少年は、ここで数字の世界から身を引いた。


その少年が即決で数学を諦めるのは、そういう歴史があったのだった。


そして、もう一つぐらい諦め教科を選ぼうとしていた時だった。

女子2人が腕を絡め合って、今にも抱き合いそうになりながらその少年に声をかけてきた。

その少年は「何だその距離感は、女同士で気持ち悪い」と思った。
でも声をかけられた事は嬉しかった。

都会女子2人からの「何してんの?」という問いに、
その少年は、数学を諦めたところだと答えた。

すると「へー」というカラカラに乾いた音の返事が返ってきた。
そして、すぐに別の話題に変わった。


「メルアド教えて」


その少年は言葉を理解できなかった。

しかしそのあとすぐに付け足された「メールアドレス」という言葉を掴み、
携帯電話の話をしていると理解した。


しかし残念なことに、その少年は携帯電話を持っていなかった。

田舎側の小学校で携帯電話を持っている友達はほとんどいなかった。
ひとりだけいたが、周りが誰も持っていないので、その子が携帯電話を使っている所を見たことがなかった。

都会女子が当然のように「メルアド」を聞いてくるということは、
都会側の小学校の人たちはみんな持っているのだろう。


たまげた。


その少年は携帯電話を持っていないと答えた。

すると都会女子はその少年から離れ、
腕を絡めながら、後ろの席の奴に「メルアド」を聞きにいった。



その日の休み時間、田舎の友達に聞くと中学を機に携帯電話をほとんどの子が持ちはじめていた。

そういうものなのか、その少年は中学生になると出来ることの幅を知った。

家に帰るとすぐに、母に頼んだ。

中学生の幅を熱く語った。

しかし、高校までは絶対にダメと言われた。


母はどれだけ頼んでも無理な時のモードに入っていた。
が、あの手のこの手で頼み尽くした。すると、

母が使っていないときは、母の携帯電話を使っていいという幅を持つことができた。


母の携帯電話利用権をゲットしたその少年は、
次の日に都会女子に母のメールアドレスを教えた。


中学3年間、都会女子からメールが来たことは1度もなかった…。


つづく…。


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