35、その少年と5000円のギター

その少年はよく音楽を聴いた。

小学生の頃にはSMAPしか知らなかったその少年は、サッカー部の先輩の影響もあり色んなバンドに興味を持ち始めた。

家では色んなバンドのライブ映像を観て、ただひたすらに憧れていた。

テレビの中の乱暴に歌う大人の雰囲気な子供みたいに騒ぐ人たちに興奮していた。


ギターを弾いてみたい。

その少年はギターをを弾きながら歌を歌う自分を想像して、一人のリビングで妄想ライブを夜な夜な開催していた。



休みの日にはギターを探し求め百貨店や小さな楽器屋さんを彷徨い歩いた。

そして壁に掛けられてズラッと並ぶ様々な形をしたギターを一日中眺めた。

ギターを眺めるその少年の横では、テレビで観ていた人たちと似たような格好をした人が試し弾きをしていた。

試し弾きをするどの人も「プロなのかな」と思うほどの腕前で店中にギターを響かせていた。


その少年も試し弾きをしてみたかったが、店員さんに声を掛けられないでいた。

それはみんな何を試しているのか分からなかったのだ。


楽器屋で試し弾きをしている人を探し、外からガラス越しに試し弾きをしている人を見つけると店に入り試し弾きをしている人を観察した。

みんな何度もギターを取り替え店員さんと話している。

話している内容に聞き耳を立て、何が良くて何がダメなのか情報収集をした。

話す声はしっかり聞こえていたが、話している内容は一切分からなかった。
とにかくカタカナが多いということが盗み聞き情報収集で得た情報だった。
それらのカタカナが英語なのか造語なのか何なのか分からず、もちろん意味なんて検討もつかなかった。

もし試し弾きをしたとして、店員さんに「どうですか?」と聞かれた時に、

「分からないです」と答える自分が想像できた。


試し弾きが出来ない理由は他にもあった。

それは、確実に買えない金額のギターばかりだった。

これまで貰ったお年玉を一切使わないで生きてきていたとしても、足りなかった。

そしてもちろんお年玉はこれまでしっかり使い切っていたので、なかった。

その少年の予算は1000円だった。

それは1ヶ月分のおこずかいの金額だった。
先月分のおこずかいは駄菓子で使い切っていた。
予算を増やすという発想はなく、その月勝負をしていたその少年は、
毎月予算は1000円だった。

中古の、少し壊れているギターが奇跡的に売っていないかと隣町まで探しに出たこともあった。

しかしそんな奇跡は起こらなかった。


毎週のように店に来てギターの周りをウロウロとするその少年を店員さんは認識していた。

しかしその少年は話しかけられそうになると店を出て、逃げた。

ある日なんかは、店に入った途端に「おう、また来たか」と日に日に勝手にフランクになって行く店員に言われ、
入店の為に開いた自動ドアが閉まる前に店を出た。

とにかく話しかけられたくなかった。

ギターが好きなのに、ギターの話をされるのが嫌だった。

このまま「ギター弾きたいな」と思いながら眺めるだけの人生を覚悟していた。


そんなある日の休日。

その日は試し弾き眺めの旅はお休みをし、近所に住むカズの家でテレビゲームをして遊んでいた。

アメリカに似た街の中で車を盗んだり、通行人を銃で撃ったりする作った人の精神状態を心配するゲームをして遊んでいた。

ひとしきり、街の中で銃を乱射し飽き始めたその少年はゲームをやめた。

カズはまだ撃ち足りないようで、アメリカに似た街で引き続き暴れていた。

カズが暴れ終わるのをマンガでも読みながら待とうと、クローゼットの中に積み上げられたマンガを漁った。

その少年はカズの家にあるマンガは全て読んだことがあった。
それほどカズの家に入り浸っていた。
そんなその少年はカズに断りなく、勝手にクローゼットを開けまだ見ぬマンガを探し求めた。

クローゼットの奥深くまで頭を突っ込み、薄暗いなか目を凝らしマンガを探すその少年はある物を見つけてた。

それは、黒い空間に狐色の艶やかさを放っていた。


埃のかぶったアコースティックギターだった。


その少年は、埃を払いながらアコースティックギターをクローゼットから出した。

初めてギターを触った時だった。

夜な夜な開催していた妄想ライブで想像していたよりも軽かった。

数本弦の切れていたそのギターを手に、その少年は銃を乱射するカズに声をかけた。


「これくれ」


カズは銃を撃つ手を止めず、破壊されていく街から視線を外さずに「どれ?」と聞き返した。


「これ。ギター」

その少年がそう言うと、カズは残虐する手を止め振り返った。

そしてカズは「あー、それ使ってるからなぁ」とボケた。

その少年は「どこがやねん」とツッコんだ。


するとカズは「5000円でいいで」と言った。

「ボケ?」と聞き返すその少年にカズは「マジ」と言った。


今までで一番安いギターと出会ったその少年は、ボケに変わる前に買う約束をした。



その日から5ヶ月後、その少年はギターを手に入れた。

しかし、弦が切れていた狐色のアコースティックギターは5ヶ月後も切れたままだったので弾くまでに更に1ヶ月かかった。

そして弦を張り替え、初めてギターを弾いた頃にはその少年は中学2年生になっていた…。


つづく…。

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