28、その少年の中1の夏祭り

その少年が興味のないサッカーを始めて数ヶ月経った頃。
(興味のないサッカーをやっている理由:過去の記事【26,その少年の新しい部活】参照)https://note.com/watashiomu/n/n26e8a574c0ee

その少年はひと学年上のサッカー部の先輩に連れられて夏祭りにきていた。


その少年はどうやら先輩に可愛がられる性質だったようで、事あるごとに先輩たちに構われ遊んでもらっていた。
小学生の1歳差は大して変わりはないのに中学生の1歳差は何もかも違った。
体の大きさもそうなのだが、その少年が大きく違うと感じたのは知識の量、興味の幅が全く違った。

聞いている音楽ひとつ取っても違った。
小学校上がりのその少年はSMAPの曲しか知らなかった。
J-POPと呼ばれるジャンルの中でもSMAPにしか興味がなかった。
年末の紅白歌合戦では大トリのSMAPが出てくるまでは寝ており、それ以外の出演者は街ですれ違っても気が付かないだろうなと思うほど知らなかった。

しかし中学2年生の先輩たちは違った。

口ずさむ歌は最新のJ-POPはもちろんで、それ以外に紅白歌合戦に出ていないラッパーだのバンドなど色々と知っていた。

一度先輩に連れられてカラオケに行ったことがあった。
家族以外とカラオケに行ったことなどなかったその少年は次々に歌う先輩たちの曲を「なんじゃこの曲。知らねー」と思いながら聞いていた。
そしてSMAPメドレーをひとり歌っていた。

そんなその少年を先輩たちはバカにせず、その少年に新しいものをどんどん覚えさせ、その少年を改造していった。
先輩たちは服装から喋り方や遊び方まで中学生verのその少年にギアチェンジさせていった。
その中には親や学校の先生に言えない、先輩たちとその少年の秘密なこともあった。
それらを時に自分でブレーキを踏みつつ、先輩たちの速度について行った。


夏祭りは、そんな中学2年生の先輩たちと迎えた中学1年生の夏休みの時だった。

先輩たちとの間では中学2年生として扱われているその少年であったが、当然家では中学1年生として扱われていた。
門限は18時でそれ以降の外出は許されていなかった。
しかし先輩たちに祭りに誘われ、どうしても行きたかったその少年はいかに祭りに行くかを考えた。

正攻法で母に祭りに行きたいと言って、ダメだと言われたらそこでゲームオーバーであることは分かっていた。
「ダメ」と言われたらどうやってもダメなのは13年間母と付き合ってきて分かっていた。

そこでその少年はおじぃの家に泊りに行くという方法を考えついた。
おじぃの家に泊まりに行きたいという望みは高確率で通った。
泊りに行く頻度が多いと「ダメ」が出る時はあったが、その時期は先輩たちと遊ぶのに夢中でおじぃの家に泊りにはあまり行っていなかった。

そして読み通り、おじぃの家に泊りに行くことは許された。

おじぃの家に行ければこっちのものだとその少年は作戦成功を確信した。
おじぃに祭りに行ってくると言えば直ぐに許可されるのは目に見えていた。
おじぃとその少年の深い心の繋がりは、久しぶりに会ってもしっかりあると信じていた。

おじぃは祭りへ行くことを許可した。
深い心の繋がりはやはり健在だった。

さらにその少年はおじぃにひとつの依頼もした。
「もし母から電話がかかってきても、俺は寝たと伝えてくれ」と。
これで母からの抜き打ちチェックもかい潜れる。

おじぃはこれも許諾した。
深い心の繋がりは未来永劫続くとその心で誓った。

20時か21時頃には帰るとおじぃに伝え、「ついでにお小遣いをちょーだい」と、とことん深い心の繋がりを利用してその少年は先輩たちの元へ向かった。
そして、いつもは18時にはきっかりと帰宅時間を守らないといけないその少年は、ざっくりと帰宅時間を伝えられるのがなんだか嬉しかった。


祭りが行われている神社に到着し、先輩たちと合流したその少年はあっという間に貰った小遣いを使い果たした。そして時間はあっという間に21時になっていた。

そろそろ帰る頃かなと思い始めていたその少年をよそに、先輩たちはもうひと遊びを繰り広げようとしていた。
その内容は近所にある公園でサッカーをしようということだった。
「確かに。真っ暗の中でサッカーをしたら面白そう」とキーパーの先輩がノリノリだった。

サッカー部らしい遊びだな、とその少年は思った。
そしてサッカーに興味がないその少年はそれが始まったら帰ろうと思っていた。

しかしキーパー先輩が公園に向かう道中に言った言葉で帰りたくなくなった。


キーパー先輩は「暗闇サッカーが終わったら俺の家にみんなで泊まろう」と言った。

その少年はサッカーはやりたくなかったが、キーパー家に泊まって夜中まで先輩たちといたかった。
夜中のバージョンアップを想像して興奮した。

その少年の中ではキーパー家に泊まりたいという思いでいっぱいだった。
そして今日ならこのままの流れで泊まることが許されると思った。

そう。今日はダメの鬼ではなく、深い心の繋がりの人の家に帰るのだ。
その人に泊まることになったと報告だけすれば許可は直ぐに出る。

携帯電話を持っていないその少年は、深い心の繋がりの人に報告をしようと先輩に携帯電話を借りた。

そして電話をしようと思い、番号を入力した。

が、その手が止まった。


その少年は深い心の繋がりの人の電話番号が思いだせなかった。
何度打ち直しても最後の下4桁が思いだせなかった。

その少年は慌てた。
今まで何度も電話してきた番号が何故か思いだせなかった。
頭に浮かぶ数字はどれもしっくりこなく、実際に浮かんだ数字で電話をかけてみても電話は繋がらなかった。

先輩たちは暗闇サッカーを始めていた。
そのピッチサイドでその少年は、深い心の繋がりの人の電話番号を必死に思い出そうとしていた。

が、その少年は諦めた。

時間は22時になろうとしていた。
このままでは深い心の繋がりの人を不安にさせてしまうと思った。

その少年は何も考えなくても手が覚えている電話番号の数字を押した。


数コールの後、ダメの鬼の声が聞こえてきた。


「おじぃの家の電話番号なんだっけ」


その少年はキーパ家に泊まることも深い心の繋がりの人の家にも帰ることも出来ず、ダメの鬼が待つ家に帰った…。



つづく…。

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