33、その少年の次の部活

サッカー部を辞めたその少年は、次の部活を探していた。

学校の規則で必ず何かの部活動をしなければいけなかった。


プロ野球選手になるのが夢だったほどに好きだった野球は、中学から硬いボールになって怖くて嫌だし、
好きな先輩がいるということだけで入ったサッカーは、単純に好きになれなかった。

球技の2大巨頭の野球とサッカーを失ったその少年は途方に暮れていた。
球技が好きだったその少年は、ボールを使う部活から検討していった。

まず、可愛い女子が多いテニス部から考えていった。
しかし、テニスのルールがイマイチしっくりこなかった。
点数が1点ずつでなく、一気に15点も増える意味が分からなかった。
そしてテニス初心者で点数も数えられない自分が、可愛い女子たちにモテる確率は低いと判断した。


次に漫画で読んで面白かったバスケを始める自分を想像してみた。
その少年の頭の中では、華麗なシュートを決め仲間とハイタッチする自分を想像できた。
バスケも点数は1点ずつじゃなく2点か3点ずつ増えていくが、テニスに比べればかわいいもんだと、ワケの分からない許容の大きさを示した。

そして、ある日の放課後に体育館へバスケ部の見学に行ってみた。
キュッキュッと鳴るバスケットシューズの音と、ダムダムと床に叩きつけられたボールの音に興奮した。
漫画にもその少年の想像にも、その音はなかった。
その少年は「バスケ、アリだな」と思った。

しかし、漫画と想像になかった物がもう一つあった。

それは室内で練習する部員たちの熱気によって起こる、湿気だった。

ジメジメとした体育館はその少年が持ち始めたバスケ愛を一瞬でナシにした。

バスケ部の奥でやっていたバレー部も、ナシだった。
バレーは手が痛いから最初からナシだった。


残された、この学校にある球技の部活は卓球だった。

しかし卓球部がどこで練習をしているのか知らなかったので、ナシだった。


ジメジメとしていてダムダムとうるさい体育館を出たその少年は、どの部活にも興味を持ちきれず今日の所は帰ろうと、問題を先延ばしにした。
そして、グラウンドの端を横切り校門に向かって歩いていた。

グラウンドには元チームメイトがサッカーをしていたり、硬い球を凄いスピードで投げて金属バットを振り回す危険な坊主頭の集団がいたり、それぞれ球技をしていた。

それらを横目に、グラウンドで一人だけ制服姿のその少年は少し早足でグラウンドを離れることを急いだ。
なぜか、今この瞬間に汗をかいていない自分を誰にも見られたくなかった。

サッカー部ゾーンと野球部ゾーンを抜け、残す陸上部ゾーンを過ぎて校舎の角を曲がれば制服姿が浮かなくなる。
陸上部が走る横を走るその少年の目にとある光景が映った。

それは、鉄の球を投げる一人の男子生徒だった。

グラウンドのゾーンからすると、それは陸上部のゾーンだった。

しかし、その人は走らずに鉄の球を投げていた。
学校の先生ではない大人とマンツーマンで、鉄の球を投げては謎の大人から何かをアドバイスをされ、また投げる。それを何度も繰り返していた。

「砲丸投げだ…」と、その少年はテレビでしか見たことのなかった砲丸投げを生で初めて見た。
その少年は立ち止まり、その姿を見入っていた。
すると鉄の球を投げる男がその少年に気がつき、その少年を指差して謎の大人に何かを言った。
謎の大人がこちらを見ようと顔をあげると同時に、その少年は校門へ向かって走り出した。


その少年は新しい球技を見つけた。


その少年は学校を出てからすぐに走るのをやめ、ゆっくりと歩き出した。

可能な限り走りたくはない。
ボールを追いかける為やホームインの為ならいくらでも全速力で走れるが、ただ走るだけという行為はできるだけやりたくなかった。
マラソンなんて特に嫌いだし、100メートル走も苦手だった。

だから陸上部に入るという選択肢は一切考えていなかった。

しかしその陸上部の人が走らずに球を投げていた。

その少年には砲丸投げをしているあの男の人が衝撃的で、さらにマンツーマンで一人だけ別の競技をしている姿が格好よくみえた。

その少年は、走ることは好きじゃないが陸上部に入ろうと思った。

そして砲丸投げをやろうと心に決めた。


次の日、早速職員室へ行き陸上部の入部届けを提出した。

陸上部の顧問の色黒で顔がテカテカしている小林先生は、この学校の中で一番体が大きかった。
クラスの背の順に並ぶ時に一番後方に立つその少年でも、テカテカの小林先生と話す時は見上げないといけないほどだった。
それでいて筋肉質だったのでかなりの威圧感をその少年は感じた。

サッカー部の顧問の丸刈りクワハラといいテカテカ小林といい、なにも悪い事をしていないのに何故おびえさせるような出で立ちなんだと、その少年はテカテカを見上げながら思った。


テカテカ小林に入部届けを出し練習に必要な物や陸上部のルールなどを聞いている時、丸刈りクワハラが職員室に戻ってきたのをその少年は目の端で捉えた。

サッカー部の退部届けを数日前に丸刈りクワハラに出したばかりのその少年は、すこぶる気まずく、丸刈りクワハラとはなるべく会いたくなかった。

その少年は「とにかく体操服を着て靴を履いてくればいい」だけで済む説明を、長々と回りくどくするテカテカ小林の話に適当に相づちを打ち、早くこの職員室を出ようとした。

が、テカテカ小林はそんなことはおかまいなしで同じ話を何度もした。

そしてその少年は丸刈りクワハラに見つかってしまった。


「次は陸上部か?」

その少年がこの学校で一番嫌いな低さの音の声で、その少年は話しかけられた。

その少年は「はい…」とだけ返し、今はテカテカの話を聞いてるんで構わないでくださいの空気を丸刈りに出した。

そしてテカテカの方へ視線を戻すと、テカテカは丸刈りの方を見て何か考えている様子だった。

そしてテカテカは「あー、前はサッカー部だったんですか?こいつ」と丸刈と会話を始めた。

その少年はテカテカと丸刈りに挟まれて、これ以上の最悪さは卒業まではないだろうなと思うほど壊滅的な最悪な状況だった。


すると丸刈りが「そうです。野球も途中で辞めたような奴なんで厳しくしてやってください」と言った。
その少年は泣きそうになった。

その言葉を聞きその少年の方へ向き直ったテカテカの目が、先ほどまでのどうでもいい説明をしていた時とは明らかに違って、ギョロリ感が増していた。


その少年は少し泣いた。
が、テカテカを見上げていたお陰で涙はこぼれなかった。


その少年は職員室を出た。

そして、この学校の部活動をやらないといけないという規則を呪った…。


つづく…。

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