8、その少年兄弟VS中川兄弟

その少年の兄は、
自分が食べたいお菓子もお気に入りのオモチャもその少年に譲った。

その少年が調子に乗って、ふざけすぎない限り優しかった。

しかし、その少年のワガママが度を越した時は、兄も度を越すほど怒る。
3つ歳の違う兄の制裁には、その少年は大声をあげて泣くしか抵抗の方法がなかった。
可能な限り、ノドがちぎれるほどの大声をあげて、母に自分の命の危険を知らせる。


兄はよくその少年を遊びに連れて行った。
兄の小学校の友達との遊びにその少年を混ぜて遊んでいた。

鬼ごっこや野球、ドッジボールにテレビゲーム…。
子供の頃にやる遊びの全ては、兄とその友達に教わった。

しかし、どれも勝てたことがなかった。
どれだけハンデをつけてもらっても、ひと回り以上体の大きい兄たちには勝てなかった。

鬼ごっこはタッチを3回されるまではセーフ。
野球は10ストライクでアウト。
ドッジボールはワンバウンドのボールでも当てればOK。
テレビゲームに関しては、何回ミスしてもノーカウント…これはもう勝ち負けという概念は存在せず、ただその少年がやっているのを兄たちが応援しているという状況だった。


その日は、オモチャのパターゴルフで遊んでいた。
兄の通う小学校の校庭で、
砂場をバンカーとしたり鉄棒の下を通過しないといけないなどのコースを作った。

プラスチック製のゴルフクラブで、パコパコと兄たちは穴に向かってそれぞれのボールを運んでいく。

もちろん、その少年は圧倒的に遅れている。
その少年はなんの迷いもなく、伝家の宝刀の


「ハンデちょーだい」


を繰り出した。
兄たちの会議が始まる。

その少年は会議を黙って待つ。
どれだけこちらに歩み寄って来てくれるのかを黙って待った。

会議の結果、

その少年はゴルフボールを手で投げていいことになった。


新ルールでゴルフが再開された。



その少年の圧勝だった。


しかし、一切気持ちがよくなかった。
全くゴルフをやった感がなかった。


気がつくと、時刻は夕方に差し掛かり日が落ちてきていた。
兄の友達たちは、それぞれ家が近所な者同士で帰っていった。

映画のように綺麗な夕日が差し込んでくるわけはなく、
ただうす暗くなった校庭に兄と2人になった。

「俺らも帰ろうか」

という兄に、その少年は

「手じゃなくて、ゴルフクラブで穴に入れたい」

と言った。
兄の友達たちの前ではやりたくなかった。
入れられない自分を見られたくなかったし、ムリだろと言われたくなかった。

兄は「おっけぃ」と、
その少年にプラスチックのゴルフクラブの持ち方と打つコツを教えた。

それでもなかなかボールは穴に入らず、
校庭はさらに暗くなっていった。

兄は「入れるまで帰れないルールな」と、
ひとりでパコパコしているその少年にゲーム性を与えて、一緒に一喜一憂した。

なんとか穴まであと1打で入りそうなところまでボールを運んだ時、
近所に住む悪ガキで有名な中川兄弟が、その少年兄弟の元へやってきた。

「なにしてんの?」

中川兄弟の弟は、その少年の2つ上で、
中川兄弟の兄は、その少年の兄より3つも上だった。

4人の年齢はバラバラで、体格も大きく異なった。

その4人の様を犬で表現すると、
シェパード兄弟に柴犬兄弟が絡まれたようだった。
しかも柴犬兄弟の一匹は豆柴である。

シェパード兄は、「それやらせてや」とゴルフに興味津々だった。

柴犬兄は、「ムリ」と、ひと言吠えて、完全に遮断した。

豆柴は吠えた柴犬に驚いた。
そして「帰ろ」と鳴いた。

「アカン。入れるまでは帰らん」

と柴犬はウーと呻っているようだった。
豆柴は、柴犬がこの状態に入った時のヤバさを知っていた。

シェパード弟は、兄の力に甘えてヘラヘラとしている。
そして、穴の間近まで運んでいたボールを取って投げて遊んだ。


わ、本当に犬みたい。


なんて豆柴が思っていると、柴犬はシェパード弟を突き飛ばした。


「触るな」

とさっきよりも低い音で短く吠え、

ボールを穴付近に戻し、「ほら、打て。入れろ」と豆柴を見た。

豆柴は「もういい、帰ろ」とさっきよりも少しだけ高い音で鳴いた。


すると突然、


柴犬がバンカーに勢いよく吹っ飛んだ。

一瞬なにが起きたのか理解できなかったが、
目の前をシェパード兄が勢いよく走り抜けた。

そして、柴犬にまたがろうとしていた。

柴犬はシェパード兄に投げ飛ばされたのだ。
弟の仇打ちとでもいうのか、見事に同じように、
いやそれ以上に大きく飛ばされていた。

シェパード弟は突き飛ばされた場所で、頭をおさえている。
どうやら突き飛ばされた拍子に頭をぶつけたみたいだ。

え、大丈夫…?

と思っていると、
豆柴は手に持っていたゴルフクラブが奪われた。

その瞬間、


パコーン


と、真っ暗な校庭に乾いた音が響いた。


そして、シェパード兄のクゥクゥ鳴く声が聞こえてきた。


そして、次に聞こえてきたのは、


「ほら、入れろ」


という兄の声だった。


その少年は、


泣きながらボールを穴に入れた…。



帰り道、
「なんでまだ泣いてる?怖かったか?まぁ、まだお前には怖いやろうな。でもまぁ怖くて泣くのはしょうがないことや」
と、その少年が泣いている理由を勘違いして、
訳のわからない変な優しい言葉をかけてきていた。


その少年はずっと、


プラスチックでよかったぁ…。


と、思い泣いていた…。



つづく…。

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