10、その少年の敗北〜真っ白いブリーフ編〜

小学校に入学したばかりのその少年は休み時間はいつも1人だった。

通っていた保育園からその小学校に行った人はおらず、
完全にアウェーの1年3組であった。

周りを見回すと、それぞれが談笑している。
どこかの保育園や幼稚園から一緒だった仲間と楽しそうに話をしている。

習ったばかりの算数の問題を出し合っていたり、
筆箱の中身を見せ合っていたり、校庭に走っていく後ろ姿もあった。

その中にひと際大きな群れがあった。

男子女子関係なく入り混じったその群衆は一つの机を囲んでいた。

その真ん中にいる男は、昨日テレビでやっていたギャグをやっていた。
その男が喋るたびに教室中に笑い声が響き、
このクラスの騒がしいと感じる音の8割はそこから発せられた音だった。


その少年は誰にも見せてと言われない機関車トーマスの筆箱を、
もう見る場所がないぐらい色んな角度から見ていた。

そして削る場所がない鉛筆を延々とシャカシャカと空回しし、
ついには持ち手側を削り出し始めていた。

全ての鉛筆の持ち手側を削るという仕事を見つけ、
これで今日の休み時間は持つなと安心した。
鉛筆を全て出し、どの休み時間にどれを削るか考えていた時、
ふと気がつくと、

騒がしい音が消えていた。


おや、と思い顔を上げると目の前に大勢の人がいた。

このクラスの音の8割の方々だ

と、その少年は心の中で思った。


もちろん真ん中には、ギャグの人がいた。
ギャグの人がその少年に言った。

「なにしてんの?」

その少年は、

「誰も知り合いがいなくて、
何もすることがないし暇だから鉛筆削ってたんだけど、
削る鉛筆も無くなって、持ち手側を削り始めた。
でも、それも計画的にやらないと今日一日持たないから、どれをどの時間に削るか考えて、その準備をしていたところ。」

という説明をしようと思ったが、
とっさに「ん、これ言ったらダサいんじゃない?」というセンサーが働き、

「準備…」

とだけ答えた。
そして、「何の?」って聞くなと願った。


ギャグの人は、「へー…」とだけ答えた。


耐えたー!


とその少年は「準備…」の顔のまま歓喜した。

するとギャグの人の隣にいた丸坊主が、
「何の?」と聞いてきやがった。


その少年が「あれの、えっと、その…」と言いあぐねていると、
ギャグの人が、

「ええやん、何でも」

と言った。

すると丸坊主は「そやな、いっか何でも」とすぐに自分の疑問を消した。


その瞬間、その少年はギャグの人が好きになった。


ギャグの人の名前は薫。

女みたいな名前だなと言うと、
薫は「それ言われるのめっちゃ嫌やねん。だからもう言わんといてな」

すぐにちょっと怒られた。
でもその日から薫とずっと一緒にいた。


薫との時間は衝撃の連続だった。

まず薫はケタ違いに足が速かった。
鬼ごっこをしても薫を捕まえらたことは一度もなかった。
ドッジボールもはちゃめちゃに強い。
保育園ではそこそこやれていたその少年であったが、
薫には敵わなかった。

薫はテレビゲームもうまい。
そして話題のゲームは全て持っていて、
家はその地域で一番巨大で高層のマンションに住んでいた。

薫の周りにはいつも人がいて、薫はいつも人を笑わせていて、
薫はいつもその少年に話題を振って、輪の中に入れてくれた。

その少年は、
運動神経が抜群で、面白くて、優しくて、家が金持ちで、正義感のある薫は、
自分が持っていないものを全て持っていると思っていた。


それが確実にそうだと感じ、完敗をした事があった。

それは体育の授業の前だった。

ギリギリ理解できなかった二桁の引き算の授業が終わり、
みんなで体操服に着替えていた。
その少年は兄のお下がりの、胸元に大きく貼られた3学年の3という数字を無理矢理、かなり強引に1学年に書き換えた体操服をカバンから取り出した所だった。

いつものようにガヤガヤの真ん中にいた薫は着替え始めが遅れていた。
いつもの光景ではあった。

その日は先生の急かす注意が入り、口は止めないで着替え始める薫。

先生の注意があったからなのか、薫の話が面白かったからなのか、
何となく薫が着替えるのが目に入りながらその少年もズボンを脱いでいた。

そして薫もズボンを脱いだ時、その少年は固まった。



薫は、トランクスを履いていた。



柄こそアニメのキャラクターだが、
その少年の父のそれと形が全く同じだった。

「コイツ、俺の何倍も先を行ってやがる…」


その少年は絶対的な敗北を感じた。

我に返ったその少年は、
真っ白いブリーフを隠すように、慌てて体操服を履いた。



その日の放課後は誰とも遊ばずに、家に直帰した。

そして帰宅してすぐ母に、トランクスを至急買ってくれと頼んだ。

母に、学校に自分の何倍も先を行ってる奴がいると力説した。
次の体育の日までに必ず買ってくれと。
その為には、風呂掃除もリビングの掃除機も植木の水やりも何でもやると。

日曜日、母はトランクスを買ってくれた。

ドンキーコングのトランクス。
嬉しさのあまり、履く前にドンキーに顔を埋めた。


母に頭をはたかれた。


その日から体育のある日は必ずドンキーがその少年の股間を守った。

体育の日を想定し、その前日には必ずブリーフを履き、
パンツのルーティーンを確立した。


そんなある日の体育の着替えの時。

丸坊主と話しながら、意気揚々と、そして堂々とその少年は着替えていた。

すると丸坊主が言った。



「お前、いつも同じパンツ履いてるよな」



その少年は思考が止まり、顔が真っ赤になっていくのを感じた。


そして救いを求めてゆっくり薫の方を見た。


薫はその少年を指差し、笑っていた。


その少年は正解の返しが分からなかったが、


とりあえず、笑っておいた…。


つづく…。

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