36、その少年の遊べない理由

その少年は中学2年生になり、「ギターを弾くか友達と遊ぶか」そのどちらかの為に生きていると言っても過言ではなかった。

それほどその2つに夢中だった。


ギターは上達しなかったが、とにかく楽しかった。

簡単なコードで好きな曲を弾き、歌う。

兄に「うるさい」と怒られながら家ではギターばかり弾いていた。


友達との遊びは特に何をするというわけでもなく、ただ駄菓子屋にたまり話をするだけだったがそれがまた、とにかく楽しかった。

なんの為になりもしない事を、ただ笑い合いながら過ごす時間が大好きだった。
なんかの為になるんだろうなと、なんとなく理解している勉強は大嫌いだった。


とにかく、全ての時間を友達と過ごすことに使い、友達がつかまらない時は家でギターを弾いていた。


小学生の頃に夢中だった“ひとりで知らない街へ行く冒険’’はしなくなっていた。

そして毎週末に泊まりに行っていたおじぃの家には行かなくなっていた。

登下校の道にある、おじぃが始めたお好み焼き屋にたまに顔を出す程度になっていた。

登校の時に、開店準備をしているおじぃとおばあちゃんに「おっす」と声を掛けたり掛けなかったり。
下校の時には、友達と帰っている時には顔を出さずに一人で帰っている時は顔を出したり出さなかったり。

そしておこずかいをもらったりもらわなかったり、していた。


ある日の学校からの帰り道。

その日は友達と一緒に帰っていた。

走ることが嫌いなのに入ってしまった陸上部の練習はサボって帰っていた。
(間違えて陸上部に入ってしまった理由:前回の記事【34,その少年が無理して持った興味】参照)https://note.com/watashiomu/n/n8c93ea453bbb



おじぃの店の前を通る時に店の中を横目で見ながら、友達との会話を止めないで通過した。

店の中は電気が消えており薄暗く、誰もいなかった。

その少年は友達と「今日はこの後野球して遊ばないか?」とこの後の楽しみを提案しながら、

(あれ、今日は定休日じゃないのにな)と、思った。

そして友達の「野球いいね!」という賛同を聞いた途端に店が閉まっている疑問は消えた。

グローブとバットを用意してからその少年の家に迎えにくるという段取りで友達といつもの角で一旦別れた。

その少年は角を曲がると走って家に帰った。

友達はその少年の家に迎えに来るので、その少年が急いで用意をしたところで待機の時間が長くなるだけなのだが、それでもその少年は走った。

久しぶりに野球をして遊ぶという興奮は歩いていては抑えられなかった。
なので走って興奮を発散させた。

(陸上部に入ってよかった)などとほぼ毎日サボっているので速くなっているわけはないのに都合のいいように思った。


そして家に着き、玄関先に繋がれた愛犬との の頭を適当に撫で家に入った。


玄関を入った瞬間、いつもとリビングと雰囲気が違う事を感じた。
玄関からリビングまでは少しの廊下があり、更にリビングの扉は閉まっていたので中の様子を見たわけではなかったが、空気が違うと感じた。

いつもこの時間は、父も母も仕事に行っているのでいないはず。
高校生の姉と兄は21時の門限まで確実に毎日帰って来ない。

一番早く帰って来る母が帰って来るまでその少年は家でいつもひとりだった。

それなのに、今日はリビングに誰かいる。

見えないが誰かいる。何人かいる。

リビングから感じる違和感はそれだけではなかった。

いるのに、音が全くしなかったのだ。

そして、閉まっているリビングの扉にはめ込まれたガラス越しにボヤけるリビングからは部屋の明かりは漏れていない。


人の気配がするのに、音が一切せず部屋の電気もついていない。

その少年は気味が悪くなりながらも、リビングの扉を開けた。


リビングには父がいた。
いつもの父の椅子に座っていた。

そして視線を落とすと、姉が鼻をすすりながら床に座り込んでいた。

その姉の横で兄がうつ伏せで寝転んでいた。
兄の顔は見えなかったが、眠っているわけではなさそうだった。
兄の耳が赤くなっているのは分かった。

母は、いなかった。


父が「おかえり」とその少年に言った。

その声を聞き、その少年は父に視線を戻した。

そして父の目が赤くなっていることに気がついた。


その少年は、
この時間に家にいる父と兄と姉、
目が赤い父、耳が赤い兄、鼻をすする姉、
電気が付いていない、静かなリビング、

これら全てを含めて「どうしたん?」と父に聞いた。

父は「座れ」とその少年を、父の向かいの椅子を顎で指しながら言った。


その少年は疑問をキープしつつ、父から視線を外さずに座った。

そしてもう一度「どうしたん?」と聞こうとしたが、やめた。
父が何か言おうと、言葉を探しているの感じた。

父は言葉を探したが見つからない様子で、少し鼻から空気を出して


「おじぃが、死んだ」


と言った。




その少年は気が付くと、兄と同じ格好で床にうつ伏せになっていた。

椅子に座っていたのにどういう経緯で床に移動したのか覚えていなかった。

とにかく気がついた時には、父と同じ赤い目をしていて姉と同じ様に鼻をすすって、兄と同じ格好になって耳を赤くしていた。


そしてインターホンが鳴った。

インターホンの画面には、バットとグローブを持った友達が映っていた。


その少年は「今日遊べなくなった」とだけ言いインターホンを切った…。


つづく…。


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