29、その少年と犬

その少年は一軒家に引っ越し、ずっと望む夢があった。

それは犬を飼うということだった。

その少年は「犬派か猫派のどちら」と聞かれると即答で「犬」と答えるほど犬が好きだった。
そもそも猫アレルギーなので、猫は選択肢に入らなかった。


前の家はマンションでその更に前の家も借家でペット禁止だった為に、
犬を飼うということは不可能であった。

いつか犬を…と想い続ける幼少期を過ごしていた。

しかし、犬を飼う夢が叶わないのはそんな家に住んでいたからという理由だけではなかった。


父が頑なに犬を飼うことを拒否していたのだった。

父が言うには「亀1匹の面倒も見れないお前には無理だ」とのことだった。
(亀の飼育失敗:過去の記事【22,その少年が亀を飼う】参照)
https://note.com/watashiomu/n/nf842f2ead8a4

これを言われるとその少年はもう何も言えなくなるのであった。


しかしその少年はそれだけの理由だけではない気がしていた。
明確に何とあるわけではなかったのだが、父が何かを言わないでいる様な気がしていた。

父から直接は聞かなかったが、その少年は母から父が幼い頃に犬を飼っていたという話を聞いていた。
それならば犬を飼うことに許容があるはずだとその少年は母に言ったが、そうはいかなかった。

母はそれ以上は答えず、「どうしても飼いたいなら自分でお父さんに言いなさい」と珍しく、父に判断を委ねるだけだった。

その少年一家にとってはそれは珍しいことであった。
この家で起こる全ての判断、決定権は母にあったのだった。
それなのに、母は犬を飼うか否かの判断は父に聞けと言ったのだった。

その少年は懲りずに何度も父に「犬を飼いたい」と伝えた。

しかし、結果はいつも亀の話になり何も言えなくなり終わるのだった。


そんな入り口は犬で出口に亀のいるやり取りは中学生になってからも何回も、何十回も繰り返されていた。
そんなある日、いつも一緒に学校へ行く近所に住む地道くんと登校していた時だった。
地道くんが飼っている豆柴が子供を産んだと聞いた。

それを聞いた瞬間、その少年はまた出口に亀がいるやり取りの入り口に立った。


その少年はその日の放課後、地道くんの家に行き産まれたばかりの仔犬と何時間も遊んだ。

豆柴の仔犬を抱いたらもう終わりだった。
その爆裂な可愛さにその少年は心を奪われたのだった。

当然、連れて帰りたくなったその少年は地道くんに「こいつをこのまま連れて帰ってもいいか」と尋ねた。
突然の誘拐宣言に地道くん細い目を見開いて一瞬驚いたが、「ちょっと待って」とお母さんに聞きに言った。

地道くんと地道ママが話し合うのを横目で見ながら、その少年は仔犬の名前を考え始めていた。
まだ何も確定していないのに、考えていた。

地道くんが地道ママを連れてその少年の元に戻ってきた頃には、候補の名前が5つほどあがっていた。

地道ママはまだ産まれたばかりだから親の元から離すことは出来ないと言った。

その少年は犬の世界のルールに消沈した。

が、地道ママはあまりに落ち込み子犬を愛でるその少年を見て可哀想に思ったのか「2ヶ月経ったらいいよ」とその少年に言った。

その少年は再び興奮を取り戻し、感謝の気持ちを地道ママと、なぜか仔犬に伝えた。
地道くんに伝えるのは忘れた。

しかし、地道ママは「お母さんとお父さんに飼っていいか聞いといてね」と付け足した。

その少年はその言葉を聞いてまた、消沈した。


地道くんの家から帰ったその少年は、父と母に言うタイミングを図っていた。
ひとつでも伝え方をミスをすると飼えなくなるのは分かっていた。
ただでさせ飼える確率が低いものをいつものお願いの仕方では無理だと思った。
そして、チャンスは1回だと読んでいた。
1度ダメだと言われたものが、2回目でOKになる確率は更に低かった。

まず母の機嫌から伺った。
父に判断を委ねているとは言えど、横やりで余計なことを言われては敵わない。
母の機嫌はいつも通りだった。

つまりいつでも逆鱗に触れる可能性がはらんでいるという事だった。

その日の挑戦は諦めて、いつもよりご飯を美味しそうに食べて寝た。
ひとつずつの積み重ねだ。

その日の夜、布団の中で父と母を口説き落とす構想を練った。
猶予は2ヶ月ある。長期戦になると覚悟した。


そして母の機嫌がいつも通りのまま2ヶ月が経とうとしていた。

一向に機嫌が上に変わらない母にイライラしたが、そのイライラを見せてしまっては全てがおじゃんになるとできるだけにこやかに過ごした。

しかし地道くんから「どうするの?」と言う定期的に聞かれる毎朝で、
いよいよ決断をしないといけない段階にきていた。


期日が迫りつつある日、家に帰ると父がいた。
会社の健康診断か何かのいつもとは違う行事があったようで、いつもより早く帰宅していた。

「言うのは今だ」とその少年は感じ取った。
今なら上にならない母もいない。余計な横やりの可能性は0だった。
父と1対1の勝負が出来ると判断した。

平日の夕方に父がいるといういつもと違う状況に違和感が漂うリビング。
そしていつもならすぐ部屋にこもるその少年が、父のいるリビングでモソモソとしている違和感。

父は後者の違和感を感じ「なんだ?」と先制攻撃を仕掛けてきた。


火蓋が切られた。


その少年は真っ向勝負でなく、2ヶ月間温めていた作戦があった。

それは父を地道くんの家に連れて行くという作戦だった。
豆柴の仔犬を父に抱かせれば勝機があると考えていた。

仔犬に自分で可愛さアピールをしてもらおうという事だった。

父に「ちょっと散歩がてら仔犬を見に行かないか。ちょうど近所の家に仔犬が産まれたらしいよ」と、そんなに興味ないけど感で誘ってみた。

父は怪訝な顔をした後「…いいよ」とその少年の誘いに乗ってきた。

まずこの誘いが通用するのかがこの作戦の危険なところだったのだが、
なんとかその関門をクリアしたことに歓喜しそうになったが、その少年はそれをグッとこらえた。

その少年は急ぎすぎず、心のざわつきがバレないように家をでる準備を慎重にした…。


つづく…。

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