31、その少年は一応サッカー部

その少年が入ったサッカー部に1年生は9人いた。

その中には小学校の頃にクラブチームに所属していた抜群にサッカーのうまい筒井という子がいた。

筒井は3年生と2年生の合同チームの練習にも参加するほどの腕前だった。

サッカーを始めたばかりのその少年は当然、そのレギュラーチームに参加出来るわけはなかった。
いつもグラウンドの隅っこでその他の1年生とパス回しや、ミニマムな広さで試合もどきのようなことをして練習していた。

たまにレギュラーチームに欠員が出ると、隅っこサッカーをしている1年生の誰かがランダムで名前を呼ばれ、レギュラーチームの練習に参加した。

その少年は2年生の先輩と仲良くしていたこともあり、そういった時にはよく名前を呼ばれた。
自分よりも上手い1年生は他にもいるのに、先輩はなぜかその少年を呼んだ。

その少年は、レギュラーチームの練習に呼ばれるのが嫌だった。

ボールの勢いは強いし、ミスをしたら怒鳴られるし、休む暇なく走らされる。
「相手のウラを取れ!」と言われても、オモテを知らないその少年には訳がわからなかった。

その少年はサッカーが一向に好きになれなかった。


サッカーのルールが何となく分かり始めた秋。
1年生が顧問の丸刈りクワハラに呼び出された。
(クワハラの怖さ:過去の記事【26,その少年の新しい部活】参照)
https://note.com/watashiomu/n/n26e8a574c0ee

いつも腰でだらしなく履いているズボンをしっかり上げて、
シャツもピシッとインさせて丸刈りクワハラのいる生徒指導室に向かった。

廊下にはすでに何人かの1年生部員がいて、全員が揃うのを待っている様子だった。
「入らないの?」とその少年が聞くと、
「全員揃ってからじゃないと、無駄にクワハラといる時間が長くなるから」と大きく頷ける返答をした。

そして全員が揃い、生徒指導室をノックした。
すると中から威圧感を感じる低い音の「はい」が聞こえてきた。

その少年は丸刈りクワハラの声の低さが嫌いだった。
どこでそんな威圧する音を取得したのか知りたかったが、できる限り話したくないので聞けないままだった。

部屋の中に入り、1列に9人の1年生部員が並んだ。

丸刈りクワハラは黙ってA4サイズの用紙の束を、ストライカー筒井に渡した。

筒井はそれを他の部員に流していく。

真ん中辺りにいたその少年は、次の奴に渡さないというイタズラをクワハラにバレないようにコソッとやってみた。

寸前まで余計なことをしないようにしようと思っていても、思いついたその瞬間にはやってしまうのがその少年の欠点だった。

当然、隣にいた奴が「渡してよ」と言ったのでクワハラにバレてしまった。
怒鳴られる前に慌てて用紙を回した。
ギョロっとにらまれるだけで済んだ。

無駄な綱渡りの成功にホッとした。

クワハラは大きな咳払いの後、配った用紙に書かれている内容の説明をした。
咳払いの意味があったのか、と思うほど同じ低さの音の声だった。


その用紙には、トーナメント表が書かれていた。
どうやら1年生だけで構成された中学生大会のトーナメント表のようだった。

毎年この時期に「1年生大会」と呼ばれる大会がその地区の中学校同士で行われているとクワハラは説明した。
その少年は「へー」と自分たちには関係のない大会だと、ひとごとの様に説明を聞いた。

サッカーが11人でやるスポーツであることぐらいは、サッカー歴10ヶ月程度のその少年でも知っていた。
そして、自分たちのサッカー部には1年生が9人しかいないことも当然知っていた。

クワハラが大会の開催時期などを説明していた。
関係のない大会の説明を聞くその少年は、別のイタズラをあまりお喋りじゃない大人しい子にしようかと考え始めていた。

それが行われる前にクワハラの説明が終わった。

そして最後に「頑張れよ」とクワハラが言った。


その少年は「え」と思わず声が出たが、その音がクワハラに届く前に部屋をでた。

そして、他の部員に「俺ら出るの?」と聞いた。

するとストライカー筒井を筆頭にみんな興奮した様子で「やってやろうぜ」と燃えていた。


その少年は驚愕だった。
11人対9人では試合にはならないと思っていた。
すでにレッドカードで退場者が2人出ている状態でキックオフということだ。
そんな試合見たことなかった。

そもそもサッカーの試合をニュース番組のハイライトでしか見たことのなかったが。

そんなその少年は、

「あ〜そうだ、こいつらサッカー好きなんだった」とサッカー部の部員の同級生を見て思い出した。


その日の放課後から隅っこサッカーにも熱がこもり始め、
益々その少年はサッカーが嫌いになっていった…。


つづく…。

ここから先は

0字
毎週日曜日に更新いたします。

ひとりの男の子の半生を描いた物語

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?