40、その少年はダッシュしながら

その少年は陸上大会の予選会場にきていた。

全く興味のない、できる限り走りたくないその少年は憂鬱だった。
(自分の意思とは関係なくエントリーされた訳:前回の記事【39,その少年は中速】参照)https://note.com/watashiomu/n/n6682e62a5bef


その少年はこの予選大会で終わることは分かっていた。
自分が決勝までいけるはずがないことを知っていた。

それは今までまともに練習してことがない、一人だけ素人なのが分かっていたからだった。
もともと然程足が速いわけでもない自分の能力を十分に理解していた。


会場に着いてからさらに自分が負けることを確信した。

それは会場についてすぐのことだった。

その少年は家から体操着を着ていき、カバンには道中に買った500mlのサイダーと菓子パンが入っているだけだった。

しかし、周りはショートパンツとランニングのユニフォームを着ていた。
全員、ユニフォームを着ていた。
その会場の中で体操着を着ているのはその少年だけだった。

露出の多いそのユニフォームは、普段の学校のグラウンドでは目立って恥ずかしい格好だと思っていたその少年だったが、
この陸上大会のグラウンドでは、体操服でエントリーしている人間の方が目立った。

そして、その少年が恥ずかしく感じることは足元にもあった。

みんなスパイクを履いていたのだ。
地面との引っかかりをより強くし、力強く地面を蹴るために尖ったものがみんなの靴の裏から飛び出していた。

その少年は、1000円で買った校則で決められている真っ白のスニーカーだった。
もちろん靴の裏はツルツルだった。

安物のそのスニーカーは、普通のスニーカーよりもよく滑った。

これで一番足が速かったら格好いいだろうなと、漫画の主人公のような展開を妄想して出来るだけ現実から目をそらした。


その少年は100メートル走にエントリーされていた。

朝早くに起きて、遠くの会場まで来て、何時間も前からウォーミングアップをし、
10数秒走って帰る…いや、その少年の場合は20秒ほど。

この10秒ほどの為にこんなにも時間をかけているユニフォームを着ている人たちを羨ましく思った。
それだけ陸上が好きなんだろうなと思った。

その少年が夢中になれることは友達と遊ぶことと、上達しないギターを弾くぐらいしかなかった。

母や担任の先生からはよく「熱しやすく冷めやすい」と表現されていたが、
その少年自身は、熱してるつもりもなかった。

自分はいつ何に熱するのかと、ウォーミングアップをしてあたたまる体を感じながら冷めて考えていた。

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