嘘の思い出「石を蹴るバイト」

石を蹴るバイトをした話。石ってのも、蹴るってのも、何の喩えでもない。まさしく石を蹴る仕事だった。

バカヤロウ暇な放課の小学生でもしないようなことで金が貰えるかとお思いの読者の方には、バカヤロウは貴方の方だと言わざるを得ない。貴方が見たことのない現実も確かに存在するのだ。いやしかし、私もこのアルバイトに直面するまでは、自分が知覚しない世界の全てはあくまでメディアの妄言の類いで、そのメディアさえ私の豊かな妄想なのだ、と確信し生きていたのだが、石を蹴るアルバイトは確かに存在をしたとハッキリ断言するし、同時にこの世界に嘘などないのだなとも思った。

石を蹴るバイトの時給は780円と今の若者からすれば大した値段ではないのだろうが、当時にしてみればアルバイトとしては妥当で仕事内容からすれば破格だった。石を蹴るバイトはまず説明会に参加しなければならない。派遣経験のある読者にはお馴染みの、よく分からないビルの一室で行われるそれと大差なかった。部屋にはスーツを来たやけに目つきの鋭いジジイと若い女の二人しかいなかった。説明は若い女の方が執り行った。

「お集まりの皆さんには、すでにご存じの通り石を蹴っていただきます。」

皆さんと言っても私と、同年代くらいであばたの目立つ、そして何か期待するような目の青年と、顎のえらくとがったおばさんの3人だけだった。騙されているとしたらこいつらと同レベルかと快も不快もなくただ思った。

「まだ戸惑う部分があると思いますが、石を蹴るというのは比喩等でなく、本当に石を蹴っていただきます。そして想像の通り、子供が小石を帰り道でもてあそぶ行為とほとんど同様のものです。」

一回りほど年上のスーツの女が、「もてあそぶ」と口にした事に私は変に興奮を覚えた。薄い唇と細い目と目尻のほくろが色っぽく見えたのを覚えている。まあそれくらいぼんやりと聞いていたのだ。その後は給料の受け取りが云々、勤務地はどこ、と普通の説明会のそれと何ら変わりない内容で終わった。

そして勤務初日、私は聞かされたように石を蹴り、聞かされたように金を貰った。そこらへんの小石を、勤務地というには憚られる空き地で、他の労働者に交じって蹴っていた。あばた面の青年は少なくともいなかった。

朝10時から2時間ほど蹴り続けて昼休憩を迎えた。弁当は各自支給されたが内容は覚えていない。一般的な田舎の高校生だった私は一般的な田舎の高校生がやるように煙草を吸っていたので、空き地の角で自然に出来ていた喫煙者の輪に混じり少しだけ話が出来た。年は?学校は?住んでいるところは?とどうでもいい会話を続ける途中、どうしても気になっていたことを言った。

「こんな風に石を蹴って、なんの意味があって、誰がこれにお金を出すんでしょうかね」

おじさん達はただ聞き流し笑ってた。そしてやっぱり高校生だなと言われ、その場では大した質問ではないと分かったフリをしてその後3時間石を蹴り20分休憩し、また3時間石を蹴った。今にして思えば子供らしくしつこく聞き返せば良かったと思う。石を蹴っていたおじさん達は、何を考えて石を蹴って、何を思って金を貰っていたのだろうと今でも後ろ髪を引かれる。

程なくしてバイトはやめた。ある日説明会の女と何の流れか二人でご飯を食べることになり、気付けば二人で迎えた朝日に、何となく世界の嫌らしさを感じてしまったのだ。

そこそこ楽しくない飲み会の帰り、ぼんやり石を蹴りながら月を見ていた。ふらふら歩きながら住宅街に迷い込むと、懐かしい女の香水のにおいが、薄く漂っていた。

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