今日は兄が家に帰ってこない

仕事からの帰り道、家族にケーキを買って帰ろうとした。母親、父親、祖母、兄、私の5人家族だからケーキは5つだな。どれにしようか。母親はこれが好きそうだから、父親はこれが好きだから、祖母はこれしか食べられないから、兄は……そうだ、今日は兄が家に帰ってこない。

ケーキは4つでいいのだ。じゃあ、私はどれにしよう。チョコレートケーキにしよう。4つで約1600円。なかなかいいお値段になったな、なんてことを思い、保冷剤なしのケーキが溶けぬよう、車の中をほんのり涼し、急いで帰宅する。

「ただいま〜」。玄関のドアを開け、いつも通りそう言いながら家の中へと入っていく。「おかえり〜」。祖母の声がいつも通り聞こえてくる。

母親はまだ帰ってきていない。父親は車が庭にあったのでおそらく部屋にいる。おなかが空いた私は買ってきたケーキを早速食べることにした。4つあったケーキが一つ減り3つになる。母親、父親、祖母の分だけが残っている。兄の分はない。今日は兄が家に帰ってこないから。

おいしいチョコレートを堪能していると、母親の帰宅を知らせる音がする。いつも通りスーパーの大量の買い物袋とクーラーボックスを手に持ちながらの帰宅だ。私の顔を見た母親は、「今日はお肉よ〜」と声を掛ける。お肉は私の大好物だ。兄の大好物でもあるが。

母親が買ってきたお肉を見ると2パックで合わせて約400g。いつも家族の残り物を食べる母親、普通の量を食べる父親、あまり食べない祖母、最近あまり食べない私の4人なら十分な量だ。大食いの兄がいたらきっと足りないだろう。あと200g、いや300gは欲しいところだ。しかし今日は兄が家に帰ってこないから。

今日だけは家族4人だ。母親がお肉を焼き、父親、祖母、私が食べる。3人が食べ終えたら残ったお肉を母親が食べる。サラダに混ぜて、自分用の肉サラダを作っていた。ヘルシーだと思った。ご飯が大好きな兄はきっと食べないだろうけど。

ご飯を食べ終えた私はいつも通りの夜を過ごす。少しだけ仕事の勉強をして、少しだけだらけて、少しだけ筋トレをする。そしてお風呂に入り、眠りにつく。私の部屋の隣にある兄の部屋は真っ暗だ。今日は兄が家に帰ってこないから。

異様な静けさに包まれた空間で、お風呂上がりの私は自身の体の温かさと、もともとの温かさを持っているお布団に包まれながら、心地よい気持ちで眠りにつく。そうすると私は久しぶりに夢を見た。夢の中で私は車を洗っていた。なぜだか深い喪失感に襲われながら必死で洗っていた。白い。大きい。スバル。ナンバープレートの数字。あ、これは兄の車だ。私は兄の車を洗っている。

ここでようやく私は気がついたのだ。兄はもうここにはいないことに。兄が家に帰ってこないのは今日だけではなくて、これから先ずっとだ。生きている兄には一生会えない。衝撃的な事実を再認識し、さあこれから涙が止まらなくなるぞ! というところで、私は夢から覚めた。

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