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『手当たり日記 17』 名所と誤配 2023年11月26日

今週末に編集の締め切りが迫っているので日曜日に、編集室まで出勤。寒い日。家を出る前に迷った挙句、分厚めのダウンを着て出た。めちゃくちゃ寒いじゃないか。正解だった。ちょっと自慢げに街を歩いた。

弊社の編集室に備え付けのMacがあり、そのスクリーンセーバーが気になった。僕が使っていたMacは、なぜか「今日の一言」みたいなやつが設定されていて、仕事をサボってインスタグラムで知らない赤ちゃんを見ていたりすると、難しい単語や格言、ことわざなどが流れてくる。しばらくいろいろなことばが走馬灯のように流れていき、ランダムにひとつの言葉がピックアップされ停止。そしてその解説が表示される。

ある時、同僚とくっちゃべっていると、スクリーンセーバーが始まった。解説が出てきたのは、「歌人は居ながらにして名所を知る」という言葉だった。解説は、「歌人は実際にその場に行かなくても、古歌や歌枕を調べて天下の名所の様子を知っている。」とある。歌枕とは、和歌に詠れてきた名所のこと。現在の文脈であれば、名所と呼ばれる地に行ったこともないのに偉そうに知識だけを披露するやつ、という揶揄に使われそうだ。

このことわざがリアリティを持って使われていた当時のことを考えてみる。現在の文脈で考えると違和感を抱いてしまうポイントは2つある気がしている。

一つ目は、情報アクセスの変化。解説にあるように、歌人が名所に行かずしても、その場の様子をありありと、または、叙情的に詠えていたのは、過去に詠れた膨大な数の歌を読み、歌枕を深く味わってきたからだ。それは一朝一夕でできるものではないし、数多ある歌枕から、行ったことのない場所を詠えるようになるほどに想像できなければいけない。インターネットはおろか、印刷もない時代、歌をたくさん集めることさえ難しい。最近では、単語を入力すれば、知りたいであろうことを、AIが先回りして、余計なものは省き、最短で届けてくれる。歌人が、行くことのできない名所に流れる風を掴もうともがいた労力を、現在は想像しづらい。

もう一つは、名所の価値の変化だと思う。いわずもがな、移動手段が発達したことに変化の原因の一端はあるが、それに加えて、レジャーの多様化や、エンターテインメントの多様化があるだろう。私たちは、溢れかえるコンテンツに、常にアテンションを求められ、右往左往させられる。名所に行こうとも、そこに吹く風を感じる暇は与えられない。かつて、「生きているうちに一度でも行けたら」と誰もが願ったあの場所は、「ググればいつでもなんとなくわかるあそこ」へと変わってしまった。むしろ、SNSユーザーたちがインターネットに放り込む、過剰に加工演出された写真や動画が、その場の風にようやく触れられた時のかけがえのなさを排除してしまうのだろう。そんなことを考えて仕事をサボるのである。

帰路、音楽を聴きながら電車に乗っていると、イヤホンから「Takahashi, never too late. Takahashi...」という歌詞が聞こえてきた。あれ、なんか励まされてる…?やりたいこと、やっていこうぜ!という気分にさえなってきた(僕の苗字は高橋です。)
オランダのダンスミュージックバンドYin Yinの、来年2月にリリースされるアルバムの曲「Takahashi Timing」だった。Yin Yinは、どう説明したらよいかわからないほど、実験的で、超領域的なグループだ。ぜひ、一聴してほしい。ディスクユニオンのサイトをみると、「魅惑の極東エキゾ・ダンス・ミュージックを奏でるオランダのYMO(4人組だが)!」とあった。アルバム名「Mount Matsu」をはじめ、今プレリリースされている、「Takahashi Timing」、その他リリース前の「Tokyo Disko」を見るにつけ、日本を意識したアルバムなのかもしれない。

それにしても、突然の「Takahashi never too late」。「高橋、いつでも遅くなんかない」のメッセージには、勝手に受け取るものがあった。Yin Yinはどんな思い出この曲を作ったのだろうか。英語圏のカートゥーンやミームでも、日本に関連した文脈で、不特定の日本人を「Takahashi」とすることがある。それと同じように、ランダムに選ばれただけなのかもしれないが、不意に呼びかけられ、励まされたようで嬉しい。メッセージの誤配が起きていた。激励を素直に受け取れないたちなので、「励ましてやろう」という恣意的なメッセージはむしろ鬱陶しく感じることがある。既存の枠組みを逸脱しようと試みる、サイケバンドに、深い意味もなく呼びかけられる方が、こちらも勝手に運命を感じる余白がある気がする。それでは本日も、お粗末様でした。

★今日のあだ事まめ事
ほしい器が見つからない。どこにいったら、アメリカンダイナーに行けば必ずあるようなスープボウルが手に入るのだろう。
豚汁を作ったら美味しかった
ブロッコリーとエビと卵のとろっと中華炒めを作ったら美味しかった

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