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生き方を見せてくれ~セネカ『倫理書簡集』

どうか私に見せてくれ。
良い人生とは、その長さではなく時間の使い方にかかっていることを。
そして、長く生きた人がわずかしか生きていないこともあることを。
いや、それはまったくよくあることなのだ

セネカ『倫理書簡集』

ドレイク
「思いつくのはベルクソン時間だ。時間はすべてに対して一定だとするニュートン時間に対して、感覚的な密度によって変わるのがベルクソンが提唱する時間だ」
ルーピン
「時間がすべてに対して一定だって?高速に近づくにつれ時間が」
アヴァロン
「ドクタールーピン、ドクタードレイクが言いたい論点はそこではないだろう。
セネカは『生は適切に活用すれば十分に長い』と言っていた。
そして、仕事にのみ集中しすぎる生をたしなめる手紙も書いた」
ルーピン
「では問おう。良い人生のための時間の使い方とは何かね?」
アヴァロン
「成果物を出すための時間はどうかね。
ただ漫然と過ごす時間と成果を出すための時間、どちらが有意義かは明白だ」
ゴンザロ
「画家の私から言わせてもらうとだよ、成果物の価値というものはひどくあいまいだ。
エジプトで書かれた愚痴の手紙が歴史的宝の一方で、
画家が描いた絵、研究者の論文、小説家の作品、それらは絶対的なもの以外で判断されるよ」
ホルステッド
「家族との時間はよい時間ではないかね。他者との相対的な時間がよい人生のための時間では?」
ドレイク
「一人で思索する時間も良いものだよ。それに、かかわった人の数で時間の良し悪しが変わるのには違和感を感じる。
多くの人とかかわっても、表面上のやり取りでは何も得ることができない」
ルーピン
「少なくとも時間の良し悪しは他人が決めることじゃなさそうだ。
自分が、どう感じるか。
そして評価する時間は過去のものであり、絶対的にはもう変えることができない。
できるのはその時間に対して自分がどういう評価をするかだけだ」

ヘンリー
「皆様、お食事の準備ができました。
どうぞお部屋にお入りください」

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