紙の本が好きだ|01
先に読み終えた妻が言った。「ほかの本をいったん止めて、こっちを先に読んでみて」。理由を聞くと「マジですごいから」とだけ。読みかけの推理小説を閉じ、薄い文庫本を受け取った。
小説はずっと紙で読む派だ。実家にある3段のカラーボックスと学習机の棚は、文庫本でぎっしり埋まっている。新しい小説を買いたいときは、母親に何冊か貸して置く隙間をつくった。
社会人になって住み始めた部屋は1K6畳で、大きな本棚を置くスペースがない。それでもベッドの下や玄関を使って、紙の本を置けるよう工夫した。
あるとき、部屋が狭くても好きな本を読めるようにと、電子書籍を試したことがある。だが、まったく慣れなかった。
紙の小説は読み進めるうちに、最初とは反対の手で支えるページのほうが増える。クライマックスに近づいている感覚が手に伝わる。ページをめくる手が少しだけゆっくりになる。小説には紙で読むことでしか味わえない良さがあるのだ。
『世界でいちばん透きとおった物語』の主人公・燈真(とうま)は、大御所ミステリー作家・宮内彰吾の不倫相手の子どもとして生まれた。燈真は生まれてから一度も宮内と会ったことがない。宮内の訃報をニュースで知っても、なんの感慨も湧かなかった。
しかし宮内の長男から呼び出され、事態は一変する。「親父が『世界でいちばん透きとおった物語』という小説を死ぬ間際に書いていたらしい。何か知らないか」。長男からの依頼を受け、燈真は遺稿を探し始める。
帯には「”紙の本でしか”体験できない感動がある!」とあった。紙の本でしか体験できない感動とはなんだろう。手触りか、においか。
物語の真相が明かされたとき、口角が片方だけ上がっていた。幸せな驚きに包まれると、わたしは昔からにやついてしまう。帯の言葉どおり、『世界でいちばん透きとおった物語』は紙の本でしか語れない物語なのだ。
これだから紙で読む小説はやめられない。紙の本をいっそう好きになった瞬間だった。
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