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わが青春の便所サンダル

僕の20代のころのイメージを話す人は、口々にこう言う。

ーーボロボロのアロハシャツに便所サンダル姿ーー

最近、やたらとこの「格好」の話題になるので、出会った人たちに無自覚に、かなりのインパクトを与えていたのだと驚いた。

事実、『19』のプロデューサーたちは僕のことを説明するときに、「会社に突然、ボロボロのアロハシャツに便所サンダル姿で、脚本を持ってやってきた」と話し、主演の川岡大次郎くんの事務所の社長さんも、大次郎に映画の内容ではなく、「便所サンダルを履いた青年が監督する映画の話がきた」と話したらしい。

当時、特にこだわりがあったわけではなく、単純に貧乏だったので、洋服に気を使えるはずもなく、ボロボロのアロハシャツにジーパン、便所サンダルで、春夏秋冬、季節関係なしに、会社だろうが撮影現場だろうがレストランだろうがどこにでも行っていた。たまに居酒屋などに行くと、店のスリッパと間違えられて誰かに履いていかれてしまうこともあった。

ボロボロになっても1000円程度で新品が買えて、丈夫でらくちんな便所サンダル(紳士サンダルとも言う)は、僕にはぴったりで、結局、30歳くらいまでは、ずっと便所サンダルを愛用していた。

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2004年、アニエスベー銀座店で『19』のイベントを開催したときも、大次郎と野沢那智さんが爽やかに洋服を着こなしているのとは正反対に、Tシャツにジーパン、便所サンダルという銀座に似つかわしくない格好で参加して、周囲を困らせている(かぶっている麦わら帽子はアニエスベー製)。

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林海象監督の『探偵事務所5』に出演したときは、衣装合わせに行ったにも関わらず、「うす汚い医者という設定だから、普段から使っているもののほうがリアリティがあって、いい」という監督のリクエストで、便所サンダル含め、ほぼ自前になっていた(笑)。

そして、ついには海を超えて海外まで。

香港で映画の上映があったとき、俳優のサム・リー(『メイド・イン・ホンコン』『ピンポン』)が、香港の街を案内してくれてた。

「カズシ、さっきの店のトイレで間違って履いてきたの?」

ふと僕の足元を見たサムが聞くので、「いや、これで日本からきたよ」と話すと、「マジか!」と、大爆笑していた。最初の『19』のポスターをバックに便所サンダル姿でピースサインをしている写真は、このときに香港のアニエスベー店舗で撮影したものだ。

写真は残っていなかったが、『カインの末裔』でベルリン国際映画祭に行ったときも、真冬のドイツに便所サンダルで行った。このころになると、知ってる人たちには当たり前のことだったので、ツッコミすらされなかった。

30歳をすぎたある冬の日、街中で古い友人から声をかけられ、僕がブーツを履いているのを見た彼女は、「もうサンダルは履いてないんだね」と、残念そうに言った。「冬には、ブーツを履くことを覚えたんだよ」と、短い会話を交わして別れたが、いつでもどこでも便所サンダルではなくなったことで、なんとなく、僕の青春時代が終わったのだと感じた。

そんな僕の青春時代のシンボル、便所サンダルは、いまでも現役で活躍していて、ボロボロになっては同じタイプのものを買いなおし、ちょこんと玄関に置かれている。

『19』(Blu-ray版 2020年1月9日発売)
監督・脚本/渡辺一志
出演/川岡大次郎、渡辺一志、野呂武夫、新名涼、遠藤雅、野沢那智
サラエヴォ映画祭新人監督特別賞/トロント国際映画祭/トリノ国際映画祭/シンガポール国際映画祭/台北金馬映画祭 …etc 正式出品