【否定論】戦争犯罪処罰に裁判不要?
戦争犯罪人の処罰に際しては、処罰に先立って裁判が必要であることは第二次世界大戦前であっても常識であり、国際慣習法となっていました。
しかし、"実は国際慣習法でなかった"、"全然「審問」(聞取り)しないことが国際慣習法で禁じられていただけだ"、という主張があることを最近知りました。
1. 立作太郎『戦時国際法』を発端に
立作太郎(たち・さくたろう、国際法)は、著書『戦時国際法論』の中で次のように述べています。
つまり、条約で明記はされていなものの、全て戦争犯罪人は交戦国が任意に定める裁判所で審理すべきものである。しかし、任意とはいえ、形だけで全く審理せずに処罰するのは国際慣習法上禁止されている、ということを述べているわけです。なお、国際法の法源は条約と国際慣習とされます。
そこで、この引用箇所は、戦争犯罪の処罰の前に裁判が必要なこと、あるいは、無裁判での処罰が禁じられていることは国際慣習法となっていたことを示す史料として研究者に使われています。
ところが、この引用箇所の2つの文を一体として理解せず、「裁判所に於て審問」することまで国際慣習法とは言っておらず、「全然審問を行はずして処罰を為すこと」だけが国際慣習法で禁じられていただけだ、というのです。ここまで読んでも何が問題か多くの読者は分からないでしょう。
重要なのは、ここで「審問」を「聞取り」と解釈して、「聞取り」しないことが禁じられていたのであり、聞取りすれば、それで処罰してもよかったと解釈するのです。
かなり、強引な解釈ですが、当時の国際法解説は、どうなっていたのでしょうか。その前に、日本軍の「任意に定むる裁判所」の例を見ておきましょう。
2. 中支那方面軍の場合
1937年12月1日、中支那方面軍司令官・松井石根(まつい・いわね)によって「中支那方面軍軍律」「中支那方面軍軍罰令」「中支那方面軍軍律審判規則」が制定されました。
軍律会議の審判官は、陸軍将校2名、法務官1名で構成され(中支那方面軍軍律審判規則)、死刑を宣告する場合は長官〔軍司令官〕の許可を必要とし、死刑の方法は銃殺となっていました(中支那方面軍軍罰令)。
国内の司法による裁判と比べると、非常に簡略化されていますが、処罰の前に審判官によって審理がなされ、判決によって刑が確定することになります。被告に死刑を宣告する場合は長官〔軍司令官〕の許可を必要としました。
次に、当時の国際法解説は、処罰前の裁判について、どのように述べていたのか見てみましょう。
3. 米国国際法学者 James Brown Scott
米国国際法学者の James Brown Scott は、陸戦法規第30条のスパイ(間諜)の処罰に裁判が必要とされる規定に関して次のように述べています。
つまり、スパイ以外にも「全ての他の事案」(all other cases)で、処罰前の裁判の必要は常に欠かせない(always indispensable)としているのです。
処罰前の裁判は当然のことであり、既に慣習になっていることをわざわざ慣習法と説明していないというだけです。
なお、陸戦法規第30条では、スパイ(間諜)の処罰に裁判が必要とされているので、スパイ以外の場合は、処罰に裁判が必ずしも必要とされていなかった証拠だとの論を見ました。しかし、明らかに間違っています。
上記のように、「全ての他の事案」同様に、国際法上違法でないスパイを国内法的に処罰するときも、国際法違反の案件同様に裁判が必要なことを明確に示したのです。
4. 英国の法学者 Thomas Erskine Holland
(1) 英国の法学者 Thomas Erskine Holland は、占領地の軍律に関して、処罰前の軍律裁判が必須であることを前提に次のように述べています。
ここで、「可能な限り」というのは、占領地であれば攻撃にさらされ「その目的のために招集された軍事裁判所」で規定通りに裁判ができないときなどの、やむを得ない場合を考慮したものと考えられます。
しかし、やむを得ない事情によって本来の規定を変えて略式の裁判になるとしても、それは軍律の責任者である軍司令官の命令に基づかなければなりません、また、無裁判や、現場の判断で処罰して良いという意味はどこにもありません。
第二次世界停戦後、日本で「可能な限り」かどうかが争われたBC級戦犯裁判に「東海軍・岡田ケース」があります。
空襲下での略式裁判が選択肢とされていたのですが、米軍空襲の違法は明らかとして軍律会議を開かず、爆撃機搭乗員の審理をせずに関係者の話し合いで処刑を決したものです。
横浜弁護士会の特別委員会はこれらの手続きが簡略化された事案について、国際法は敵国戦闘員の不法行為を国内法がどこまで簡略化して処罰・処刑できるかについて沈黙していたとした上で、次のように結論しています。
いかに困難な状況でも、軍律に従った手続きで裁判を行わなければならず、軍司令官の裁量で手続きが簡略化できるとしても、裁判手続きに沿って審理と刑の執行が行われなければならないということになります。
なお、横浜弁護士会の見解について、弁護士は「国際法学者ではない」という意見をいただきましたが、戦争犯罪や国際法に関わる訴訟で実際に主張を組み立てて弁護するのは弁護士であり、一般に学者ではありません。
(2) Thomas Erskine Holland は、国際法違反者の処罰は軍法あるいは戦争法規慣例に従って軍事裁判所によって命じられると次のように述べています。
つまり、戦争法規違反者は、交戦国の国内法、あるいは戦争法規慣例などの法によって処罰されるとしており、従って、軍事裁判所などで裁判を受けることが前提となっています。
5. 結 論
交戦国は、独自の裁判所で戦争法規違反者を処罰することができましたが、裁判所は軍律などで規定された手続きで審理がされ、上記のように、裁判の判決に基づいて処罰されることが、遅くとも 20世紀には国際慣習法となっていたことは明らかです。
(完)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?