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上場(IPO)準備 スケジュール管理&タスク管理 ~ やばい問題ほど最後に爆発するあるある

 上場(IPO)準備プロジェクトがなぜ難しいとされているかというと、もちろんビジネス面(順調な業績動向と将来見込み)が一番のポイントですが、もうひとつ大事なのは「プロジェクト管理」です。

 私はこれまでそれなりの数の上場準備プロジェクトに携わってきました。プロジェクト管理の巧拙によって、上場時期や実現可能性が大きく変化すると自信を持って言えます。

1.プロジェクト管理がなぜ重要か(IPO特有の事情)

 上場(IPO)審査は、上場審査基準に照らして、どうしてもダメ(譲れない)という問題がひとつでもあれば審査NGとなってしまいます。そのため、大事なポイントは外すことなく、ひとつひとつの項目を合格水準にまで引き上げる必要があるのです。
 これに対して、M&Aによって会社を売却するということであれば、何か思いっきりダメな事項があったとしても買い手がそれを受け入れるのであれば実行されます。品質にかなり大きな問題がある商品でもそれを分かった上で買う人がいれば取引成立(デューデリで何か問題が見つかったとしても、買い手として許容できるならOK、バリュエーション(売却金額)の調整などで対応)ということです。
 上場を目指していた会社が未上場のままM&Aで売却されたという事案の中には、表向きは「IPOとM&Aを比較してM&Aを選んだ」といっているものの、実際には「IPOができなかったからM&Aになった」ということも結構あるあるです。

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2.失敗パターン① 部分最適問題

 上場プロジェクトでありがちな、から回りしている進め方です。プロジェクトで行うべきテーマは多岐にわたります。社内でも多くの部署が関わりますし、加えて監査法人や外部コンサルタントなどもプロジェクトに関わります。
 このプレイヤー各々が「自分の役割がこのプロジェクトの成否について足を引っ張るようなことは避けなければ!」の一心で必死に頑張ることが場合によっては逆にプロジェクトの進捗をおかしくしてしまうことがあります。
 役割分担をしながら進めていくとはいえ、プロジェクトのリソース(投下できる人員や時間)は有限です。
 本来であれば「早めに着手が必要なもの」、「期日が明確に決まっているもの」、「やれるならやったほうがいいが優先順位は低めのもの」など、タスクごとの重要度・緊急度をしっかり見極めた上で、どのタイミングではどのタスクに注力するかをプロジェクト進行中は常に最適化していくべきものです。
 このプロジェクト管理を行わずに、各々が自分に振られたタスクを全力で進めているケースが散見されます。

ブラック企業のイラスト(男性)

(よくある「残念な上場準備プロジェクト」の一例)
・ビジネスを軌道に乗せることに全力を注ぐステージなのに、いきなり細かい社内規程を作りこむ
・審査もまだまだ先なのに、Iの部や各種説明資料 を作りこむ
・業績面で上場スケジュールも延期されたのに、内部統制まわり(JSOXや内部監査)に過度に注力する
・事業の立ち上げ期でビジネスをスケールすることに必死なステージなのに、予実管理を過度?に頑張る(予算と実績とずれないことに拘泥する)
・事業に全力投球すべき状況(まだ上場までほど遠い)なのに、経営陣や幹部のリソースが上場準備プロジェクトに多く使われている(証券会社との打ち合わせ、社内会議等)。

 このようなおかしな状況を作り出している当事者が、社長だったり、上場準備プロジェクトの責任者だったりするケースはなかなかの重症です。「部分最適」とならないよう全体を俯瞰した上でどのタイミングで何をやるかをしっかり制御すること(=「全体最適」)が大切です。

過労死のイラスト(白衣)

3.失敗パターン② 言われたことだけやる問題

 未経験者だけで上場準備を進める場合にありがちなパターンです。
 外部関係者(証券会社や監査法人)からやるように言われたことだけをしっかり実行するという進め方です。主幹事証券とはコンサル契約を締結した後は、全体的なタスク管理・スケジュール管理は主幹事証券の公開引受担当者がリードしてくれます。「何からやればいいですか」と聞けば、まずこれをやってくださいというアドバイスもしてもらえます。
 しかしながら、上場に向けて企業が行うべき作業(タスク)は、もの凄い個数となります(「〇〇管理体制の整備」のような項目も、さらに細分化される)。その詳細なレベルまでを、逐次指導をしてくれるものではありません。証券会社や監査法人は、大項目でのスケジュール管理はある程度は意識してくれるものの、逐一細かいことまでを追いかけることまでは通常行いません
 このような役割分担ですので、自社(企業)において、やるべきことを全て洗い出したうえでいつ頃に誰がやるのかを決定し(タスク管理)、予定通りに進捗しているかをウオッチしていくこと(スケジュール管理)が必要となるのです。

ラットレースのイラスト(男性)

 言われたことだけをやるという進め方をしていると、プロジェクトが進むにつれ、未着手のものや遅れているものがどんどん出てきてパニック状態になります。ドタバタしながらでも乗り越えられればまだいいですが、世の中そんなに甘くはありませんので。

4.失敗パターン③ やばいテーマが後回しになっている問題

 (上場準備プロジェクトだけに限らず)「簡単なものから着手し、難しいものは後回しにする」というのは人類が持つ習性? だと思います。
 上場準備においても、後回しにしていた特定のテーマが大爆発して、上場延期や上場プロジェクト中止となるケースが結構あります

部下を怒鳴りつけている上司のイラスト

(上場準備の終盤に紛糾することの一例)
・解消しなければいけない取引(未上場企業特有の公私混同に近い取引や関連当事者取引等)
・取引条件の見直しや契約書の文言修正
・特定の事象について、法的に問題ないか白黒はっきりさせる(グレーだが白だと断定することはかなり難しい商流等)
・職務権限まわりの見直し(社長への権限集中をやめさせる等)
・役員構成等の見直し(退任してもらわないといけない役員や顧問の存在等)
・組織体制の見直し(兼務の解消、役職の見直し等)
・株主との協議事項
・上場時のファイナンス関連(売出人や売出株数、公募株数、株価)

 上場に向けては必要なことでも、簡単に是正できないテーマというものがあります。多くの場合、経営者やオーナー、大株主が何かしらの決断をしないといけないようなテーマです。
 デリケートな話題になればなるほど、自分ではやりたくない・言いたくない、誰か別の人から言って欲しい(よくあるのは「社内からは言えないので、主幹事証券から直接社長に指導してください」というお話)、伝えるのもやめよう(今は何もせず最後に先送り)となりがちです。
 終盤になって、経営者などキーマンがこれらテーマと向き合って、「よしわかった、上場するのだから解決させよう」となることももちろん多いですが、「そんなことまでしないといけないとは聞いていない」「だったら上場なんかできなくてもいい」とプロジェクト自体がひっくり返るというケースをいくつも見てきました。
 対応するのは終盤でも構わないテーマだとしても、このような重要な(やばい)テーマがあるということを伏せたり・隠したりはせず、上手にすべてのタスクをゴールに導いていく必要があります。

5.どういうプロジェクト管理が理想的?

 私が考える理想的なプロジェクト管理は、プロジェクトが「本格化」した時点(上場するタイミングを何年の何月というレベルまで明確に設定したあたり、直前々期くらい?)からは、上場準備プロジェクトに関連する「やるべきこと」について細かいタスクレベルまで一気に見える化した上で、どのタスクは誰がいつ頃やるかを見える化し、プロジェクト関係者で共有していくことです。

騎馬戦のイラスト(会社員)

 うんざりするような分量のタスク管理資料となりますが、どのタイミングで着手していくかなどが見えていることが大切です。ダメなパターンは、やるべきことが見える化もされておらず、スケジュールが進む都度、新たなタスクが追加されていくという進め方です。この進め方は暗闇の中を進んでいるイメージでプロジェクトメンバーも精神的に疲弊していきます(「次はどんな課題・指示が出てくるのだろう」、「きっと短期間でやれと言われるんだろうな・・・」など)。
 完全にプロジェクト責任者任せで、社長がプロジェクトの状況を全然わかっていないというのもダメな進め方です。社長は、何が主なテーマなのかや誰に負荷がかかっているかなど大枠を把握した上で、あとは責任者以下に任せているというのであればよいですが、何も把握せず「特に何も報告があがってこないから順調なんだろう」という勘違いしている社長さん、結構おられます(裸の王様パターン)。
 どのようなタスクがあるのか? その難易度は? 誰が取り組むのか? いま優先すべきタスクは何か? 誰に負荷がかかっているのか? 追加の人員確保や外注対応する必要はないか? のようなことまでをしっかりプロジェクト管理資料として見える化し(随時更新)、プロジェクト内だけでなく、社長やその他の役員、証券会社や監査法人などとオープンに共有しながら、一丸となってプロジェクトを進めていくのが理想的だと考えています。

(ご参考)
私は前職にてプロジェクト全体の進捗管理を統括しましたが、上場の約2年くらい前からはかなり細かいタスク管理表をEXCELで作成し、その管理表を定期的にアップデートすることに注力しました。
プロジェクトメンバーが集まる会議で定期的にタスクごとの進捗状況を確認していくだけの地味な作業ですが、誰に負荷がかかっているのか(フォローしないといけないのか)が明確になりますし、サボろうとする担当者がいた場合でも他の担当者のタスクが順調に進んでいるのが見える化されていると「自分だけ遅れているのはまずいな」という動機付けにもなります。
この進捗管理資料を主幹事証券担当者や監査法人にも共有していましたので、これら関係者も指導がやりやすかったはずです。
結果的に、上場準備プロジェクト開始時(直前々期が開始する数カ月前=上場の約3年前)に設定した上場予定年月からは2カ月だけ遅くはなったもののほぼ当初計画通りの日程で上場することができました。

仲の良い会社のイラスト

 このあたりの苦労をなるべくしたくないという会社(経営者)においては、IPO準備経験者(特にIPO達成経験者)をプロジェクト責任者とすることはたしかに有効だと思います。
 以前書いたこちらの記事も参考になると思います。


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