1章7節 応援団の担当になる

敦が移動教室の実地踏査から戻るとすぐに、運動会の準備が始まった。教員にも色々な仕事が割り振られ、敦は応援団の担当になった。

「今年は俺が主でやるけど、来年以降は芦田さんに任せたいと思ってる」

一緒に応援団の担当になった陣内が言った。あまりよく知らなかったが、陣内は教務主任という立場でこれは学校のナンバー3なのだという。管理職である校長と副校長の次に当たり、学校全体の予定を立てたり重要な書類を作ったりする。忙しいから担任ももてないんだよ、とこぼしていた。そんな人と組んだら学ぶことも多いだろう。敦は気合いを入れて挑んだ。

応援団は縦割りで活動する。最初の頃は3年生が、自分達の団はどんな内容にするのかなどを話し合っていた。担当として敦は毎日、放課後欠かさず3年生のフロアを見回っていた。

そして初日、3年2組で事件が起きた。ここにはサッカー部のレギュラーである桃井と浅倉がいた。桃井はかなり人懐っこい性格で、最初の頃から敦によく話しかける生徒だったが浅倉は根がシャイなのか、ほとんど自分からは話しかけてこないし敦から話しかけてもほぼひと言で終わってしまう。そして担任は小倉という30代前半と思しき理科担当の女性教師だった。ここまでそれほど話をしてはいないが、明らかに年上の難波や錦織、浅岡にタメ口で話していたのが印象的だった。

喧嘩の原因は、誰が団長をやるやらないで揉めたからだった。萩原という男子がみんなに推されていたが、萩原自体はいや副団長ならいいけど…という感じだった。女子も皆、最初は萩原を推していたが徐々に煮え切らない萩原に対して怒りだした。すると男子バレー部でエースの石橋という生徒が、

「だったら女がやりゃいいじゃねえか。うぜーよ」

と言ったことで男女間の言い争いに発展した。女子は桃井や浅倉をはじめ、男子を1人ずつ捕まえて自分達のところに連れていった。萩原がやらないなら他の男子でやるのはいないのか、そもそも石橋のあの言い方は何だ、お前は何で何も言わないんだ等々…。敦は流れで男子達の中に入ってしまい、女子と連れて行かれた男子の会話はあまりわからなかった。そしてたかが応援団の団長を決めるだけなのに、これだけ騒ぎになるのかと驚いていた。やがて男子と女子が散々揉めた後で、小倉がクラス全員に輪になって座れと指示した。そして小倉は喋り始めた。

「お前達は団長を誰にするとか、自分らじゃ決められないわけだな」

敦はつい流れで輪の中に入ってしまっていた自分に気付いた。その上で、ははぁ成る程。こうやってまとめていくのかと、様子を見守っていた。不意に小倉が言った。

「芦田先生はどう思いますか?」

えっ、オレ?!3年2組の生徒達の視線が一斉に敦に向けられる。まさか皆の前で話を振られるとは思っていなかったので、敦は言葉に詰まった。

「いやぁ…自分はこのクラスのみんなのことはほとんど知りません。桃井と浅倉はサッカー部なのでちょっと知ってるくらいです。だから誰が団長に相応しいかなんかわかりません。ただ萩原君がもし団長をやるなら、自分は応援団の担当なのでしっかり支えていきます」

おぉーと男子達が、面白がりながら声を上げた。女子は皆、ハ?という雰囲気だった。

「アンタ男子の味方でしょ、偉そうにかっこつけて何なんですか?」

いきなり真面目そうな女子に怒鳴られ、敦はますます訳がわからなくなっていた。そもそも小倉が振ってきたから話しただけなのに、何故こんなことを言われなきゃならないのか。3年2組の女子はまた火がついたように泣きわめき、小倉はヨシヨシとそれをなだめていた。石橋や桃井ら男子はしらけた顔で見ている。

結局俺は何のために喋らされたんだ?

敦には、この光景が茶番にしか見えなかった。結局萩原が団長に、半ば強制的になることが決まった。敦は普段の倍疲れた気分で部活へ向かった。

「先生、大変だったなぁ」

振り向くと桃井が笑っていた。

「先生、女達にめっちゃキレられててマジ笑ったわ。でも、次はオレが守ってやるよ!」

桃井は笑って敦の背中をドンと叩き、走り出した。チームのエースでありスピード抜群の桃井には、到底追いつかない。敦は苦笑いしながら桃井を見送った。


翌日、敦は浅岡が担任を務める3年5組の前で呼び止められた。

「あー、あのさ俺達アイディアが全然浮かばないから手伝ってよ」

大岩という生徒だった。厭も応もなく教室に連れ込まれると、そこでは団長の程野を中心に複数の男女が集まってああでもないこうでもないと話し合っていた。

「とりあえず先生連れてきた」

大岩が仲間たちに言う。とりあえずとは何だと思ったが、すぐに団長の程野が言った。

「おうオッサン。何かアイディアくれよ」

程野は敦をオッサン呼ばわりする生徒だった。初対面で「オレのこと知ってるよな?」と聞いてきたため「いや、ゴメン知らない」と答えたところ物凄く不機嫌になり、その後敦が名前を覚えてからはちょくちょく絡んでくるようになった。アンタいくつ?と聞かれ26と答えたところ、その日からオッサン呼ばわりだった。まだ二十代だぞと言うと、25過ぎたらみんなオッサンだと程野は主張した。不本意ではあったが程野の妙な愛嬌に敦は笑ってしまった。それ以降、程野とは何回か話をしたことがあった。

聞けば各応援団には5分間の演技(パフォーマンス)をする時間が与えられているのだという。彼ら青組は関ジャニ∞の曲に合わせて躍ることは決めていたが、どうやってそこに繫げるかでアイディアが浮かばないのだという。

「マジ、何も思いつかない」

「他の団のパクりでよくね?」

「あ、もう帰るわ」

「オレもー」

そんなやりとりの後、教室に残ったのは程野と大岩、そして敦と副団長の宮沢という女子くらいだった。

「も~、なんにも思いつかねぇよ~」

程野がへたり込んだ。昨日もこんな感じだったと大岩から説明を受け、呆れながら敦は提案した。

「あいうえお作文にしたらどう?」

「あぁ?なんだそれ?」

「このクラスは青組だろ。だから『あ』と『お』と『ぐ』と『み』から始まる短い文を作って、最後に掛け声で締めくくるとか…」

「オ、オウ。もっと詳しく教えろよ」

程野が食いついてきた。敦はほぼ思いついたまま話した。

「たとえばみんなで『あ』って声を揃えて、『あ』から始まる文を団長のお前が言う。次に『お』ってみんなで言って、文を副団長が言う。それを『み』までやる」

「お、おぉ…」

「最後に気合いの入る〆の言葉を団長のお前が言って、みんなで走って行く」

「オレが〆るのか」

「格好よくな」

「オウ、任せとけ」

15分ほどして再び教室に戻ってくると、大岩と程野が頭を抱えていた。

「オウ、あいうえお作文難しくねえか?」

結局敦があいうえお作文の中身まで考えることとなり、そこから10分ほどで決まった。青組は翌日から関ジャニ∞のダンスの練習に入ることとなった。

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