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【介護殺人】元介護士が介護映画「ロストケア」を見た結果

はじめに

こんにちは。株式会社エニケアの坂田航です。
今回の記事のテーマは、介護殺人

なぜ介護殺人をテーマにnoteを書こうと思ったかというと、きっかけは2023年5月現在公開中の映画「ロストケア」です。松山ケンイチさん、長澤まさみさんを主演、前田哲さん監督の介護殺人をテーマとして扱った社会派映画となっています。

介護殺人とは、在宅介護などで疲弊したこどもが介護をしている親などを殺害することです。殺人に至ってしまう理由は精神的疲労が多く挙げられますが、介護殺人が発生している構造は単に親子間のストレスのみではなく、今後の多くの日本に住む人々が直面するであろう親子での在宅介護の中で起きていることを考えると、決して他人事とは言えない現象になっています。

実際に件数ベースで見ても年間20-30件発生しており、殺人にまで至っていない暴力虐待等も考慮すると相当数の加害事件が発生していることは想像に難くありません。

介護殺人といえば、2006年に起きた「京都伏見認知症母殺害心中未遂事件」が有名ではありますが、実際には毎年相当数の事件が起きていることがわかります。

一般的に介護殺人は「介護疲れが理由」として報道され、多くを語られることはありません。「介護に疲れるとはいえ、なぜ肉親を殺せるのか」について問いを立てることは、介護経験者でない限り機会がなく、難しいでしょう。そして介護を自分の手で経験していない人は時に「仕方ない」と見て見ぬ振りをする人も少なくないのが実情です。

介護については元々3Kと呼ばれるネガティブイメージが先行していることから、映画やドラマでは明るい側面が謳われがちですが、そんな中で在宅ケアに家族が向き合うことの残酷さを描いた映画がこの「ロストケア」です。

※現実には介護士は「3K」を意識していませんし、「三大介護(三大介助)」と呼ばれる「食事介助」「入浴介助」「排泄介助」の3つについてもプロ意識を持ってやっている人がほとんど。だってそれがお仕事であり、そこにやりがいや喜びを見出すのがプロですから。本当に職員が苦しんでいるのは人間関係だったり待遇だったりします。

今回のnoteでは、映画の結末や革新部分にはなるべく触れずに、この映画が描き出す在宅ケアの現実、そしてこのままでは今後介護殺人が増えていくと私が考える理由を、私・坂田航の元介護士としての現場経験や介護業界で見聞きしたことなどを踏まえて、なるべくわかりやすくみなさまにお伝えできればと考えています。

【ネタバレなし】映画「ロストケア」のあらすじ


映画「ロストケア」

映画「ロストケア」の公式サイトに書いてあることを限度にして、核心を語らずに映画の内容を簡単に書いていきます。
※文章理解をシンプルにするため、役名ではなく俳優の名前で物語を描きます。

タイトルにも使われている「ロストケア」という言葉は、42人の高齢者を殺害した介護士の斯波(しば、役:松山ケンイチさん)が劇中で語った言葉で、「高齢者本人や介護をする家族を苦しませないために(「救うために」)行う殺人」のことを劇中では指しています。

お年寄り・家族思いの介護士として職員や多くの高齢者家族に慕われていた介護士でもあった人物・斯波(しば)がなぜ42人の殺害に至ったのかが克明に描かれています。

映画中で介護士・斯波の口からは、社会と断絶されたときの在宅介護の苦しみ、家族だからこそ見殺しにできず自分で自分を追い込む苦しさが映像と共に語られます。

劇中で語られる「絆は呪縛になるんです」という言葉が、まさに家族が在宅ケアに向き合うことから逃れられない苦しみを描いています。

介護士・斯波、そしてその父親役の柄本明さんの演技が迫真的だったのが印象的だったのですが、その演技がこの映画のリアルさを一層引き出しています。物語の詳細は語りませんが、柄本明さんの要介護状態になった身体の動作の演技があまりにも実際の介護現場で接するお年寄りの姿と近すぎて、彼自身が本当に介護状態なのではないかと思ってしまいそうな忠実すぎる演技でした。

お年寄りによっても認知症の度合いが異なるため、すべての介護が映画のようだとは決して言いませんが、間違いなく周囲の助けを得られなかった在宅介護の最終的な形が描かれていると断言することはできると考えています。

医療介護について興味を持ち始めた方も含めて、すべての方に見ていただきたい映画ですね。

次の章からは、私の経験談を交えながら、在宅ケアと介護殺人が起こる社会構造について紐解いていこうと思います。

「在宅ケア」とは?

まず「在宅ケア」という言葉の定義から始めていきます。
在宅ケアとは、単純化すると在宅介護と在宅医療の総称であると一般的に定義されています。

在宅介護とは、自身で自立した生活を営むことが難しい(介護状態にある)、お年寄りや長期療養患者、障がい者などを家族や親戚(血縁が繋がっていない人を含む)が自宅で世話をすることです。在宅医療とは、医師や看護師、家族が、自宅から出ることの難しい患者の健康状態の回復もしくは維持のために治療や診察、回復のための環境作りを在宅で行うことです。
その在宅介護と在宅医療をまとめて「在宅ケア」と呼んでいます。

一般的に在宅介護・在宅医療に関しては、支援を行う国の社会保障制度が存在します。具体的には医療保険をはじめとする医療保障制度や介護保険、障害年金、傷病手当金といったものです。そして「文化的な最低限度の生活」を自力で営むことが難しい方向けの制度が生活保護になっています。

社会保障制度が十分機能しないからこそ高齢者や子どもの貧困、生活苦が発生しているのですが、なぜこれほど社会保障制度が世界的に見て発達している国でそうしたことが起きてしまうのでしょうか。

社会保障制度の狭間に生きる人々

このように見ると社会保障制度は多くの人々の生活をカバーしているように見えますが、中には制度の恩恵を受けられない方々が存在します。

社会保障制度自体が時代の変化に対応できずに、制度の溝が発生しているケースも多くありますが、それ以外にも以下のような理由もあります。


医療保険・介護保険を受けない、受けられない

  • そもそも制度についての知識がない・制度の存在を知らない

  • 「社会のお世話」になりたがらない

  • 介護を受けていることを周りに知られたくない

  • 介護保険の点数が不足、介護保険だけでは足りない、本来必要な介護の量が保険適用されない

  • 経済的に困窮しているため、介護保険料を支払ない、必要な介護サービスの代金を支払うことができない

    「そんなことあるの?」と思われるかもしれません。

それが、あるのです。
わたしは介護資格をとって介護現場で働いていましたが、実は介護保険を受給していなかったり生活保護を受けているご家庭の中で、介護保険の適用されないサービスを提供する側の立場で働いていたこともあります。
こうした介護保険外の介護サービスはよく「自費サービス」と呼ばれます。いわゆる介護サービス事業者が国からの保険適用をされずに行う介護サービスも自費サービスと呼ばれます。

私が行っていたサービスの対象者は、介護保険を受けたがらなかったり生活保護を受けているために介護保険料が払えないといったお年寄りたちでした。

私の中で一番印象に残っているのはある築50年ほどの木造アパートの2階にひとりで住む男性です。
誰もが知っている有名私立大学を卒業後、結婚。家庭を持つもその後離婚し子どもと疎遠になり、そのまま精神疾患を患い生活保護に。一度持ったものを捨てる恐怖からゴミを出すことができなくなってしまい、お家はいわゆる「ゴミ屋敷」状態になってしまったそうです。

ご本人の足腰は弱ってはいるものの、認知症も当時は患っていなく意思疎通は可能でした。いつも子どもに電話をするものの、いつも電話に出てくれるわけではなく寂しさを訴えられていました。
私が訪れた当時は足の踏み場がないほど多くのもので溢れかえっており、部屋の中に入るには靴の上からさらにビニール袋を足首まで履かなければならないほど衛生環境も悪化していました。

こうしたお年寄りの方は、どこにでもいらっしゃいます。少し古い一軒家。歴史の長い都営住宅、県営住宅。ただ前を見て歩いていたら気にしないであろう、横を歩いているお年寄りも、ひょっとしたらこうしたケースのうちの1人かもしれません。

年金の受給額が世代を経るごとに少なくなっているのは周知の事実ですが、特に自営業を営んでいた方は、比較的年金の金額に恵まれる厚生年金ではなく国民年金の受給となるため、生活の苦しさに拍車がかかります。

そして、そうしたリタイア後の収入が不安定になる人が今後の日本にはますます増えてきます。社会保障費は膨らむ一方で財源不足から制度自体の大幅な改善は難しく、年金の受給金額も大幅に毎年減少し続けています。

政府が「人生100年時代」といってなるべく高齢になっても働き続けることを推奨しているのは、事実上この財源不足を可能な限り抑えるためなのです。
今後社会保障制度がますます縮小していく中で、医療技術の発達により健康寿命・平均寿命は大幅に伸びています。子どもの数は減少する一方で、少数の現役世代が多数のお年寄り世代を支える社会構造になっています。

あなたは現実を直視できるか

突然ですが、私の介護士としての経験談をお話しようと思います。
私は以前、訪問介護というお年寄りのお宅に直接訪問して介護を行うお仕事についていました。すべてはこの医療介護領域で事業を立ち上げるにあたっての現場の知識を得るためです。

その訪問介護をしている中で、お年寄りと同居をしているご家族と話すことになるのですが、このご家族が要介護状態になったお年寄りの捉え方の現実を直視した時に、悲しくなることがあります。

こちらはわたしが訪問介護サービスに入っていたあるご家族の例です(一部脚色)。
要介護状態のお年寄りご本人がいて、同じ家にはその息子さん、そしてその息子さんのお嫁さんがいらっしゃいます。お年寄りご本人は認知症を患っており、今日何をしたのか、どんな予定なのかの認知機能が日に日に弱まっています。
足腰が弱まっているため、トイレなど部屋から移動する際には壁を伝っていかなければならず、夜中にトイレに立った際に転倒し頭を打ったことも数回あります。
そのような非常に体力(ADL/ 日常生活動作)が弱まった状態なので、普段の生活においても家族の助けは欠かせません。

以前、私は株式会社エニケアで「介護施設の紹介事業」を運営していました。在宅ケアが難しくなったご家族向けに、老人ホームなどの介護施設を紹介するものです。いわば不動産仲介の介護施設版です。

その中ではさまざまな家族の人間模様を目にします。
お子様が親御さんの介護施設を選んでいるケースですと、親への思いと在宅介護を抱えることへの悩みに板挟みになる思いを多く抱えながら相談をいただくことが多くあります。

一般的には高齢者は、在宅介護を望んでいる方が9割近くいるとされていますが、実際には多くの方々が自宅で亡くなることが実現されていません。背景には医療の高度化により、病院での治療の結果入院したまま亡くなることが増えていたり、いわゆる社会的入院と呼ばれる在宅介護をできる家族がおらず継続して入院し続けることを余儀なくされている高齢者の存在があります。

話を元に戻すと、多くの高齢者が在宅介護を望みながら、実際には親の介護の過酷さを受け止めきれずにいる家族が多くいるという現実が浮き彫りになってきます。そのため私がご相談を受けていた介護施設を選ぶご家族も非常に複雑な心境でらっしゃることを全ての方が口にしていました。

「本当は親は介護施設には入りたいとは思っていない」
「介護施設に入った後にも安心して暮らして欲しいものの、あまりにも近くの施設を選ぶとこちらがプレッシャーに感じてしまうので少し離れた施設にしてほしい」
このようなことを口にされます。

映画「ロストケア」の中では「絆は呪縛になる」ということが繰り返し訴えられますが、まさに親という存在が大きすぎるがために、その介護に引き摺り込まれていくことを子どもたち自身が恐れている現実があります。

ご家族が在宅介護の現実を恐れるのも無理はありません。
普段メディアで報道されるような、老老介護と呼ばれる高齢者同士の在宅介護の末に膨大なストレスを抱え殺人や心中に至るケースが後をたないからです。そして残念ながら、今のままの状態だとこうした悲劇は理論上増えていくことになります。

映画「ロストケア」は現実の日本社会の一部を写したものであると同時に、ひょっとしたら社会保障制度が崩壊した日本の姿として考えることもできるのかも知れません

「超高齢社会」日本の向かう先

国は医療介護制度の充実を目指しているものの、若年層の減少により社会保障費の財源や人手は不足しており、それにより国は一人当たりに投下する介護サービスの予算を減らさざるを得ない状況に陥っています。

財源不足、人不足の行き着く先が、在宅ケアをすべて家族が丸抱えしなければならない未来なのではないでしょうか。

その中で日本の医療介護制度は、病院・介護施設中心の時代から「在宅ケア」の時代に進んでいます。つまり在宅でお年寄りをみることによって、家族・親族・近所の医療介護サービスなどあらゆる資源を活用していくという思想です。国はこれを「地域包括ケアシステム」と呼んでおり、すでにこの政策を推し進めています。

そのため在宅ケアに沿った介護保険サービスも多く出ており、定期巡回・随時対応型訪問介護看護(略して「定期巡回」「定巡」)や小規模多機能・小規模看護多機能(略して「小多規」「看多規」)などの多くの保険サービスが新設されています。

既存の在宅サービスも増えており、その中でも訪問看護ステーションは凄まじい増加率を誇っています。
これだけ国が大きく政策を転換しようとしている中で、私たち現役世代は多かれ少なかれ親の在宅ケアを行う現実を避けて通ることはできません。


エス・エム・エスの2023年3月期決算および会社説明資料より引用

私たちが取り上げる課題は、医療介護における従事者の人手不足です。人手不足により、医療介護サービスが必要な人に行き届かない未来がすぐそこまで来ています。

特に医療において、医療従事者の半数がおり、かつ医師の次に扱える業務範囲の広い看護師に関しては、離職も多く業界に入った人口に対して離職が相当数発生しています。

こうした離職を通じて、本来足りるであろう医療人口が足りなくなっている現実が日本を襲っているのです。今の日本、そして未来の世界に必要なことは、持続可能な形で医療介護を提供できる社会システムの実現なのです。

弊社エニケアは何に取り組むのか

そこでエニケアは、「持続可能な医療介護」を実現するために、医療従事者の半数を占める看護師の人材不足の課題に取り組んでいこうとしています。

看護師の人材不足の課題は大きくふたつあります。
ひとつ目は看護師の母数が少ない問題。こちらは数万人単位での課題です。
そもそも看護師の人数が少ないことから、増加し続ける高齢者からの医療介護需要に応えきれていない問題があります。

こちらは比較的厚生労働省をはじめとする国の役割と私は考えています。つまり看護師の成り手を増やすためにボトムアップの政策を投入することで、数万人単位で不足している人材課題を一気に解決するものです。
ふたつ目は潜在看護師率の高さです。
多くの看護師が出産や育児、親御さんの介護、そして他にも精神を病むなどして看護師免許を取得していながら臨床現場で働いていないことが発生しています。

潜在看護師が発生していること自体よりも、臨床現場で働きたいにもかかわらず、臨床復帰ができない医療介護業界の構造に課題があると私たちエニケアは見ており、そこの課題解決のために動いています。

潜在看護師はライフイベントともに発生

そして潜在看護師のみならず、潜在になりそうな看護師さんはもっと存在することは容易に想像でき、こうした「無理をしながら臨床で働く」ことが看護師さんを一層疲弊させることにつながっていると私たちは考えています。

そこでその端緒として、看護師さん向けの転職サイトを立ち上げ、1人でも多くの看護師さんが臨床現場で継続的に働くことができるような社会をつくっていけるように事業を進めています。そして1人でも多くの看護師さんが自身の理想の臨床現場で働くことのできる環境づくりをエニケアは実現していこうとしています。

エニケアは Visionを「Any care to anybiody / 誰もがケアを受けられる社会をつくる」とし、Missionを「To shape sustainable medical care and welfare / 持続可能な医療介護を世界でつくる」としています。

持続可能な医療介護を、まず日本から一緒に作り始めませんか?

株式会社エニケア公式サイト
https://bit.ly/3QctKbB

エニケアのMission Vision

代表取締役 坂田航



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