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がん関連孤発性遠位型DVT治療におけるエドキサバンの投与期間は12ヵ月か3か月か (ONCO DVT study)

Circulation. 2023;148:1665–1676

前回がんVTEのASCOガイドラインをまとめたが、VTE (venous thromboembolism: 静脈血栓塞栓症)とはDVT (deep vein thrombosis: 深部静脈血栓症)とPE (pulmonary thromboembolism: 肺血栓塞栓症)を併せた概念とされている。特にがん領域でのVTEはがん関連血栓症(cancer associated thrombosis; CAT)と表現され、最近流行りのCardio-Oncologyの一分野となっている。

個人的にはCardio-oncologyやらOnco-nephrologyやら大層な名前を付けても元々の循環器/腎疾患の分野から特段逸脱するわけでもなく、結局は話題性以外の何物でもないと感じてはいる。しかしこのような言葉が出来ることで、がん領域に直接関わりにくい循環器内科や腎臓内科の先生方がこの領域に関心を持ってくれるのなら、それなりに意味があるのかも知れない。

さて、今回は血栓症関連でエドキサバンのがん関連DVTに対する投与期間の論文を読んだ。


対象患者は超音波検査で孤立性遠位型DVTと診断された、活動性のがんを持つ成人患者。IVC~足首まで超音波で観察し血栓が観察される、あるいは血管の遠位圧迫で虚脱が無く、かつ圧迫による血流が観察できない場合に孤立性遠位型DVTと診断した。PE患者は除外された。患者は非盲検でエドキサバン12ヵ月 vs 3ヶ月に無作為割付。エドキサバンは各施設で初期治療導入後に開始され、初期治療については制限を設けなかった。エドキサバンの用量は添付文書の通り。

※ 活動性のがんとは以下のいずれか1つ満たすものと定義
  1. 6か月以内に診断されたがん
  2. 6か月以内にがん治療(手術, 放射線, 化学療法など)を施行した
  3. 現在がん治療を施行中
  4. 再発・局所浸潤・遠隔転移を伴う
  5. 完全寛解に至っていない血液がん

主要評価項目は12か月後の症候性VTE再発あるいはVTE関連死亡。
症候性VTE再発は、新規 or 新規に悪化したPEやDVT症状があり、画像で新規の血栓あるいは経時的に悪化した血栓を認めた場合と定義した。(症状があっても画像所見が伴わないものはイベントとして数えなかった)

結果

2019/4~2022/6まで605例をスクリーニング。604例をランダム化。12ヵ月群 296例 vs. 3か月群 305例。平均年齢70.8歳、女性が72%。DVT症状がある症例が20%であった。がん種は婦人科がん(28%), 肺癌(11%), 結腸癌(10%)の順で多かった。スクリーニング超音波が施行された主な理由はD-dimer上昇を伴うハイリスク状態であった(38%)、術前のD-dimer上昇 (24%)、症状からDVTを疑った(20%)など。がんの状態は下記の通り。

患者背景:がんの状態

エドキサバンの投与期間中央値は12ヵ月群 365日, 3か月群92日であった。3か月群において46例(15%)がエドキサバンを60日以内に中止し、逆に49例(16%)が120日以上継続していた。12か月群における120日時点でのエドキサバン中止は20.6%で、その内訳は出血(26%), がんの進行(25%)などであった。

主要評価項目の12か月後の症候性VTE再発あるいはVTE関連死亡は12ヵ月群では1.0%に、3か月群では7.2%に認められた(OR 0.13, 95%CI 0.03-0.44)。VTE関連死亡は両群とも認めず症候性VTE再発の内訳はPE 0.3% vs 0.7%, DVTは0.7% vs 6.6%であった。元々症候性DVTで発見された患者における主要評価項目イベントは5.7%(3/53例) vs 14%(10/69例)でOR 0.35。無症候性DVTで発見された患者においては0% vs 5.1%であった。

副次評価項目のMajor bleedingは12か月群 9.5% vs 3か月群 7.2%に認めた(OR 1.34, 95%CI 0.75-2.41)。主な出血臓器は下部消化管(48%)で、多くはcategory 2の出血であった(78%)。新規の無症候性VTEは7.8% vs 15%で12か月群良好。全出血イベントは18% vs 13%, 全死亡は22% vs 25%で有意差を認めなかった。subgroup解析でも明らかな交互作用を認めなかった。

Major bleeding: 致死性、あるいは致命的臓器での出血(頭蓋・脊髄・眼・後腹膜・関節・心膜・コンパートメント症候群を伴う筋内出血)・Hb 2g/dl以上の減少もしくは2単位以上のRBC輸血を必要とする出血
Category 1: 臨床的に緊急ではない
Category 2: 準緊急で臨床的介入を必要とする
Category 3: 緊急を要する (shockを伴う,あるいは頭蓋内出血など)
Category 4: 致死的出血

左から順に主要評価項目・Major bleeding・エドキサバン投与状況のcumulative curve

まずこの文献を見た時、HOKUSAI-VTE Cancer試験ではエドキサバンの投与期間が6ヶ月であったのに、何故本試験の対照群の治療期間は3ヶ月に設定されているのかが疑問であった。HOKUSAI-VTE試験では最低3ヶ月の投与であったが活動性のがん患者は除外されているし、Discussionで孤立性遠位型DVTに対するリバーロキサバンの試験(RIDTS試験)の6週間 vs 3ヶ月という試験も挙げられているが、これにおいても活動性のがん患者は除外されている。本文ではESVSの2021ガイドラインを根拠に挙げているが、そのガイドラインに下記のような表があり、再発のHigh riskである活動性のがんでは基本的に抗凝固薬を中止しないことと記載されている。つまり本試験で対照群を3ヶ月の設定した根拠がはっきりしない。

European Society for Vascular Surgery (ESVS) 2021 ガイドライン
Eur J Vasc Endovasc Surg. 2021;61:9-82.より引用

また今回の活動性のがんの定義はHOKUSAI-VTE Cancer試験と同じであるが、内訳を見たら治癒可能な患者も治癒不能の患者も一緒くたにentryされている。一般的に治癒可能ながんでは、治療後VTEのリスクは低下するが、治癒不能ながんは時間経過でリスクが増大する。これらbaselineのリスクが異なる患者を一緒にentryさせることは、がん治療医としてやや疑問があるところだ。対象を絞ると患者集積や資金繰りが大変という側面もあろうが、差が出やすい設定で、なるべく広い対象の適応を取得したいという製薬会社の思惑もあるのかも知れない。

上記ガイドラインより引用。治癒不能ながんはpersistent DVT risk factorであり、
経時的なリスクは治癒可能ながんと同様とは言えない。

結局、筆者自らがDiscussionの最後に述べている"The generalizability of the current results should be considered carefully"という一文はまさにその通りで、"6か月以内に診断されたがん"や"6か月以内に化学療法を行ったがん"といった登録基準がざっくり過ぎて対象患者像が見えづらいのは本試験の難点と言える。

さて本試験の解釈であるが、個人的にはそれほど難しくないと考えている。primary endpointのcumulative curveを見てわかる通り、エドキサバンをやめた瞬間からVTEの発生割合は右肩上がりとなる。つまり血栓を抑え込むためには12ヵ月と言わずDOACを使い続けるのが正解なのだと思う。

ただ中には再発リスクの少ない症例がいて、そのような例には長期投与が不要な可能性があるのだが、それがsubgroup解析(ここには掲載していない)からは読み取れないのがつらいところ。はっきりいうとsubgroupの設定がイマイチすぎる。エドキサバン関連なのだろうが体重60kgとか血小板10万とか、そんなcut offではなくBMIとか血小板なら35万とか、もう少し意味のある指標を使って欲しかった。がんも転移のあるなしだけではなく、根治的治療が行われているか否かなどのデータもあれば参考になったかもしれない。

もう一つのネックである出血についてはやはり消化管由来が多いので、消化器がんは注意しなければならない点はHOKUSAI-VTE Cancer試験と同様の結果である。ただ最初の90日の傾きが最大で、この期間に出血する症例は出血しているので、そこで問題なければ長期投与も行けるのかもしれない(もちろん患者やがんの状態によるが)

結局、本試験からは具体的な患者像が浮かばないままだが、DOACは可能なら長めに投与した方が良さそうという事は分かった。臨床的には個別に出血リスクと状態を計りながらということになろうか。

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