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めめの目から〜アダプト評④〜

三日坊主という言葉があるが、それは無事に越えられたようである。長文駄文であるにも関わらず、根気強くお付き合い下さっている方もおられるようでありがたい限りだし、同時に恐縮もする所である。この場を借りて謝辞としたい。


さて、本日は7曲目の『ティーンエイジ』から続けていきたい。

夜から朝を待ち、ここで完全にそれを迎える。静かに立ち上がるイントロから、"壁は灰色 雲の影が動いた 朝が来るな"と歌われ、やや寒色じみた照明の中にメンバーたちの姿が浮かび上がる。静謐な早朝のイメージ。露が降りる青々とした芝生の匂いが薫ってきそうだ。だが、まだ動けない。胸に何かが痞えていて、動きたくない。力は有り余っているはずなのに、どこか気怠さを感じる。世代特有のそれ。"あれからすぐに大人になって" "もう戻れなくなった"が、その痛々しいセンチメンタル性に鼻がつんとしてしまう。戻れなくても、忘れたくないなあ、と思わずにはいられない。しかし、そうは思っていても自分の中から知らぬ間に溢れ落ちていってしまうのは、人間の性だろうか。時は無常なり。

丁寧に紡がれていく音の中、どこかひりつきを覚える山口一郎のライティングセンスが光る。聴く純文学の趣き。そこにもはやコーラスの域をはみ出した草刈愛美の歌声が重なる。美しく、強い。そして、歌詞や状況の心理描写を可視化するように、川床明日香の演技が同時進行していく。部屋の隅で膝を抱え、何かに怯える彼女は次第にその顔を歪ませていく。そして、祈るように腕を絡め、自身を抱くように隠す。その何かから、まるで胸の内を守ろうとするかのように。が、その甲斐虚しく、終盤のインスト部分で心は決壊する。ナイフを持って街を闊歩する様を表現するその部分、激しく鳴る轟音の中で彼女は発狂を繰り返す。続いて、それに呼応するかのように山口一郎が苦悶する。この場面、ONLINEの時点で鳥肌が凄かったのだが、TOURではさらに際立っていたように思う。兎角、川床明日香の鬼気迫る演技が回を経るごとにどんどんと高まっていくのを感じたからだ。降り注ぐギターの歪みと共鳴するように、病的なまでの表情がサービスモニターいっぱいに映し出される。またそれとは対照的に、今度は山口一郎の呆然とした、硬直するような無表情が良い味を出す。個人的には苦悶する方よりも危うさが増して好みだった。

そして、音響面で記しておきたいのが笑い声のサンプリングの追加だ。初めはあまりの光景に脳内で鳴る幻聴かと思った。だがやっぱりどう考えても鳴っている。実際に入ってきている。それはその壊れた猟奇性を増強させる効果を発揮し、恐ろしいのに気持ちが良い、という不可思議な状態を作りあげることに成功していた。そんな衝撃がこびりついたまま、ライブは先へと進んでいく。


続く8曲目はONLINEとリアルライブにおいて置き換えがなされた。ONLINEでは『雑踏』、TOURでは『壁』

置き換えられてはいるが、この2曲は地続きであり、また相対的な関係にある気がするのだ。まずは『雑踏』について綴っていきたい。

そのタイトルからは街を歩く人々や世間の波間、つまりは外を想起させる。"見えない明日の欠片を探してずっと"の部分は不確かな未来を案じながらもなんとか紡いできたこの日々を思い返さずにはいられないし、続く"消えたり見えなくなったりする日々をずっと"では増減する感染者数や発令される各種宣言等で右往左往した記憶が頭を過ぎる。2Aからは歌われる"心の隙間"を埋めるかのように画面を覆い隠すブロックの表現がなされるが、これもONLINEの方で特にその効果を発揮した演出のひとつだろう。断絶の比喩なのか、ブロックに描かれる人々はちぐはぐに配置され正確に合わさることがない。それはなかなか日常を取り戻せない我々や世界を表しているように思えた。そして終盤、見上げるタワーの絶望感に心がたじろいでしまう。その瞬間、アダプトタワーの存在意義が自身の中で確固たるものとなった。こちらは後述というか、全体の締め括りのあたりでまた綴りたいと思う。

さて、ここで個人的に惜しいと思ったことがひとつある。ONLINEの方では上記の通り終盤にアダプトタワーをステージ下から見上げる川床明日香が登場する。彼女は微動だにせず、タワーの中で演奏するメンバーをじっと見つめていた。あれを実際のTOURでもぜひ体験してみたかった。彼女が立っていた場所に、今度は我々が立っていたのだ。同じ圧倒のされ方をせっかくならしてみたかった、と思うのはちょっとばかし贅沢だろうか。


しかし、TOURで実際に演奏されたのは『壁』だった。ONLINEとTOURを並べた際、アンコールは除き、唯一の変更点。今度はこちらについて綴っていこうと思う。

同曲はご存知の方も多い通り、自死を歌う曲である。冒頭に記したタナトス、死の色がこの曲でさらに強くなる。正確に言えば『雑踏』を含め始めからずっと通奏低音そこにあったのだが、ここで"覚悟"の形をして立ち上ってくる。部屋に帰り再び壁と相対する様は、先程の外に対して内を感じた。"冷たい風"や"雨"は置かれる状況や自身らにかかる様々な声だろうか。ひたすらに寂しく、孤独だ。この置き換えからは、心の折れのような雰囲気が漂う。と同時に。終わらせる、そんな覚悟も読み取れるような気はしないだろうか。では、果たして何を終わらせるのか。それは続く曲で見えてくる。


しつこい上にただただ我儘な話ではあるが、でもやっぱり雑踏が聴きたかった。観たかった。と思ってしまうのが本音である。壁の個人的ベストアクトは「SAKANAQUARIUM2017 10th ANNIVERSARY Arena Session 6.1ch Sound Around」のそれである。前にも後にも筆者の中であれを塗り替えることができずにいる。いや、今回も良かったのだけど。それと、この曲を聴けば大事な友の顔が浮かんでくるので、やんややんやと書いてしまったが沁み沁みとしてしまう良曲であるのは揺るぎない事実だ。

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