「男役」と「娘役」(中山可穂)

自身もレズビアンであり、日本では希有なレズビアン文学の書き手である中山可穂氏。私も相方も氏の大ファンで、作品が発表されたら必ず読んでいる。

そんな中山氏、なんと宝塚を題材にした作品も発表している。第1作目が「男役」、先日2作目の「娘役」が発表されて購入したのだが、ずっと積ん読状況になっていたのを土曜日にやっと読んだ。


宝塚の影響が産んだ作家

「男役」のあとがきやインタビューを読むと、「中学生の時にテレビで見た宝塚に衝撃を受けた。入団したいと思ったが自分には無理と諦め、代わりに演出をやりたいと思った」とある。当時の宝塚には女性演出家がいなかった。劇団に問い合わせてみたら、「今は女性はいないけど、そのうちそういう時代になるかもだから、とりあえず有名大学に入って演劇の勉強をしてみたら?」と言われたらしい。そこから「小説家 中山可穂」が産まれるのだから、宝塚の影響力とは恐ろしい。

「作家の読書道 第158回:中山可穂さん」 ←「作家の読書道」より


「男役」

男役トップになって二日後に事故死して以来、宝塚の守護神として語り継がれてきたファントムさん。一方、新人公演で大抜擢されたひかるを待ち受ける試練とは――? 愛と運命の業を描く中山可穂版・オペラ座の怪人!トップになって二日目に舞台事故で亡くなった50年前の伝説の男役スター・扇乙矢。以後、大劇場の奈落に棲みつく宝塚の守護神ファントムさんとして語り継がれてきた。大劇場では月組トップスター如月すみれのサヨナラ公演の幕が開き、その新人公演の主役に大抜擢された永遠ひかるの前にあらわれた奇跡とは―。男役という稀有な芸への熱いオマージュを込めて中山可穂が情感豊かに描く、悲しく切ない恋愛幻想譚。「Amazon」「BOOKデータベース」より

中山氏の作品といえば、女性同士の恋愛をシリアスに重厚に描いたものばかり。それを読みなれた読者からすれば、「あっさり読める、軽めの作品」という評価になるかも知れない。守護神という名の亡霊が出てきたり、ジェンヌ間の仄かな恋愛が描かれたり、短めの作品のなかでいろんなことが起こるので忙しい印象もある。「これをコアなヅカファンはどう読むのか……」と思うと、なかなか厳しい評価がつきそうだ。

私自身の感想としては、「宝塚」の持つ「ファンタジックさ」「女性だけの世界の清らかなイメージ」を損なうことなく小説にしてくれていて、「小説版宝塚」と言える仕上がりだと思う。小説になると舞台より登場人物の内面に肉薄するので、より生々しさが出てしまう恐れがあるが、そこを綺麗にクリアしていたのではという印象。「宝塚」の「大人のおとぎ話」という側面を、小説として表現できていると思う。


「娘役」

宝塚の娘役と、ひそかに彼女を見守り続ける宝塚ファンのヤクザの組長。決して交わるはずのない二人の人生が一瞬、静かに交差する――。

宝塚歌劇団雪組の若手娘役・野火ほたるは新人公演でヒロインに抜擢され、一期上の憧れの先輩・薔薇木涼とコンビを組むことになる。ほたるの娘役としての成長とバラキとのコンビ愛。そんな彼女をひそかに遠くから見守り続ける孤独なヤクザ・片桐との、それぞれの十年をドラマティックに描く。『男役』に続く、好評の宝塚シリーズ第二弾。大鰐組では若頭のことを二番手と呼び、兄貴分のことを上級生と呼び、引退のことを卒業と呼んでいた。組員には全員愛称がついていた。それが宝塚の風習を踏襲したものだということを知っているのは片桐だけだった。宝塚歌劇団の若手娘役・野火ほたるは新人公演でヒロインに抜擢され、一期上の憧れの男役・薔薇木涼とコンビを組むことになる。ほたるの娘役としての成長と、バラキとのコンビ愛。そんな彼女を遠くからひそかに見守り続ける孤独なヤクザ・片桐との、それぞれの十年を切なく濃密に描く。
「Amazon」「BOOKデータベース」より

今回は宝塚内部の人間だけでなく「ファン」という外部の人間も描かれていて、よりヅカファンでなくても楽しめる作品になっている。そのファンとして登場するのがヤクザ・片桐であり、クライム小説的な読み方もできるからだ。ヤクザと可憐な少女の組み合わせで、赤川次郎氏の作品を思い出した。

「男役」でも描かれていたが、「娘役」ではより「ジェンヌの出世」「路線に乗る」という話が出てくる。ヅカファンの醍醐味の1つとして、「下級生時代から応援しているジェンヌがやがて路線に乗り、最終目標のトップとなり退団する」ということがある。 新人公演での役付きから始まり、バウホール、本公演と、段階ごとの番手争いを見守るファン。そんな話は、コアなヅカファンならきっと感情移入できるはず。

物語の冒頭で「ラインダンスで靴が飛ぶ」というエピソードがある。あとがきで「そんなことはないだろうが」と書かれていたが、 いやいや、これは実話としてあること。真琴つばさ氏は下級生時代にこれをやったらしい。読み始めた時は「いろんな人に取材して書いたんだな」と思ったが、中山氏の創作だったとは逆にビックリだ。


「宝塚シリーズ」続くかもよ!

中山氏はこの「宝塚シリーズ」を続けて行く意向のようだ。作家がその気でも売り上げが悪ければ企画は通らない。中山氏のファンだけでなくヅカファンも、このシリーズを応援すべく本を買って欲しい。またヅカファンから入って中山氏作品に触れた方々は、他の本も読んで、是非是非中山氏のファンになって欲しい。

私の文章に少しでも「面白さ」「興味深さ」を感じていただけたら嬉しいです。