ショートショート「空中のケチャップ」

透明人間は、人とのつながりを切望しつつも、自分の姿が見えないという孤独に悩んでいた。彼に残された小さな楽しみは、食事の時に感じるほんの一瞬の満足感だけだった。彼は特にケチャップを愛しており、その味には不思議なほど慰められるものがあった。ある晴れた日、彼は自然の美しさに触れ、人間たちとの距離を縮められるのではないかという希望を抱き、ハイキングに出かけることにした。

ハイキングコースを進む彼の心は、久しぶりに穏やかな喜びで満たされていった。昼食時、彼は選んだ岩に腰掛け、持参したサンドイッチにケチャップを惜しみなくかけた。しかし、ケチャップを振りかけるたびに、その滴は彼の姿が見えないため、まるで空中に浮かぶ赤いシミのように見えた。

この光景を目撃した他のハイカーたちは、その不思議な現象に驚き、すぐさまスマートフォンで撮影し、SNSに「浮遊するケチャップの謎」として投稿した。この投稿は瞬く間に拡散し、多くの好奇心旺盛な人々がその現象を自らの目で確かめようとハイキングコースに足を運ぶようになった。

最初は自分の行動が原因で起きた騒ぎに戸惑いを感じた透明人間だったが、やがてこの出来事が人々に喜びをもたらし、さらには自然への関心を深めていることに気づき、心を開くようになる。彼は、自らが引き起こしたこの「事故」を受け入れることで、新たな自己の在り方を見出し、人との繋がりを取り戻す第一歩を踏み出したのだった。

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