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送迎車の運転手のおじさんと

里帰り先の産院では、マンションの下にお迎えが来て、君とわたしを病院まで運んでくれる。お迎え時間の5分前に来てくれたミニバンに乗って、シートベルトを閉めて一息つくと

「送迎車を使うのは初めてですか?」と運転手のおじさんが話しかけてくれた。

「はい、そうです。里帰りなので、初めてで。」

今までは駅までシャトルバスが来てくれるから送迎車を使ったことがなく、今日が初めての乗車。気を効かせて色々と喋りかけてくれるのは、旅先でタクシーの運転手さんが美味しいお店をたくさん教えてくれる時みたいで嬉しい。

運転手のおじさんとの話が一通り済んだら、マジックテープをびりびりっと開けて、黒いカメラバックから控えめにカメラを取り出す。

写真を撮る仕事をしているのに、わたしは普通の人がカメラで撮影しないだろうという場所でカメラを取り出すのが恥ずかしい。こんなところで、一体何を撮るんだろう?と変な子と思われるのが嫌だから。人目を気にするのは昔から。周りの人にどう思われるかな?はわたしの潜在意識に根付いていて、大好きな写真を撮るときであっても変わらない。自分の視点では綺麗に見えるものや思い出深いものも、なんでこんな風景撮っているの?と思われながら写真を撮るのは結構勇気のいることで。それ以上に撮りたいなと思うものがあるから撮れるので、わたしの写真を撮ることへの熱意は高い、とも思う。君のことを撮るのは、きっと誰からも変だと思われないから、周りを気にせず思う存分撮れることが楽しみだ。

後部座席から見える景色は、本当になんでもなくて、昔通った通学路や父の車でよく走った幹線道路、コンビニ、住宅街が並ぶだけ。撮りたいものはやっぱりなく、そっとカメラをしまう。

それをバックミラーで見ていたのかはわからないけれど、運転手のおじさんは住宅街の丘の上の道に差し掛かったところで

「ここはね、条件がいいと正面に富士山が見えるんですよ」と言った。

確かに、正面の景色は、住宅街の中で開けていて見晴らしがいい。今日は晴れているのに富士山は見えなくて残念だった。実家のマンションからも富士山は見えるのに、ここから富士山が見えますよと言われてワクワクするのは、富士山にはやっぱり魅力があるからなんだろう。(わたしが写真を撮るようになったきっかけは、マンションの廊下から見える富士山をカメラに収めたかったから)

そんな話をしているうちに産院について、結局写真は1枚も撮れなかったけれど、運転手のおじさんとの話を楽しむ良い15分間だった。

2時間後、送り便に乗って帰る時は行きの人とは違うおじさんだった。特に話しかけられることもなく、坂が多くカーブも多い道をうねうねと走るので行きと比べて随分乱暴な運転だなあ、心地の良い空間ではないなあなんて思って乗っていた。

突然、おじさんは運転席から窓の外に向かって笑顔で手を振った。目線の先には小さな赤ちゃんを抱っこしてマンションの下にいる女の人がいて全身で大きく手を振っていた。娘さんかな?と不思議に思ったけれど何も言わなかった。

もうすぐ家に着く頃になって、おじさんが唐突にこの道は水道管とガス管の補修のためにずっと工事してるんだよねというどうでも良い情報を話してくれたので、

「さっき手を振っていたのは、ご家族ですか?」

と聞いてみたら、

「妊娠中からこの産院に通っているお客さんで、こどもも産まれて小児科も利用するからよく送迎するんですよ」

と教えてくれた。

その会話だけで、荒い運転で居心地が悪いなと思っていた空間が、急に温かい温度になった気がする。行き帰りの運転席と後部座席、閉ざされた車の中で人の温度を感じる時間をありがとう。人柄が伝わる空間や会話が心地よかった。


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