ひと昔前、弟が失踪した話②


つづき


お互い簡単な自己紹介を済ませその直後、
会社の社長はこう捲し立てた。
 『3年前にうちの社員が自殺しているんだ、〇〇さん(弟)が今まで勤務していて遅刻することはあったが無断欠勤することはなかった。最悪の事態が想定されるから、どうかいち早く被害届を出してはくれないか』

相手の声の様子から50代くらいのハキハキしたしゃべり口調、理路整然とした話の組み立て方から、かなりやり手な感じがした。

俺は正直パニックになった。前述したように弟は自分の仕事に誇りを持っていた、、、元バンドマンでバンドをこよなく愛していて、今だから言えるが帰郷した際には地元のライブハウスのローディーを買って出るような男だったからだ。(もちろん本人の名誉のために言うが無償で)
弟の本来の仕事としては某イケメングループのライブでも真剣にこなしていた。たとえそれが希望するジャンルではなくても人を喜ばせるアーティストに寄り添いたい、その土台づくりに貢献できていることが何より楽しいのだと。もちろん設営自体、辛いことばかりだがライブの感動や観客の盛り上がりを見ているとその全てが達成感へと変わる瞬間が至福の時だ、と言っていたことを思い出していた。
そんな弟が仕事を放り出して音信不通になるなんて予想だにしていなかった。

俺はやり手社長に『この間、〇〇(弟)に何か変化はありませんでしたか?』 『何か嫌になる出来事はありませんでしたか?』『悩みを聞いている社員さんはいませんでしたか?』さきほどの社長を思い起こさせるような質問を、さきほどお互いに自己紹介をしたばかりの社長へ矢継ぎ早にたたみかけていた。相手の戸惑う様子などお構いなしに。
『いろいろと聴きたいことなどはまた後ほど話しましょう、一旦T警察署のKさんへ取り次ぎ捜索願いを出していただきたい、一刻を争うんです!何かあってからでは遅いんです』
私の質問はこの一言にかき消された。


  弟の住まいは東京である。後々警察の方から聞いた話だが東京で音信不通になる家族は後を経たないらしく警察の方の業務に支障が出るほど家族からの問い合わせが多いそうだ。だから事件性がない限りは動けない、そう遠回しに諭された、実際その問い合わせの際に受話器の向こうから聞こえる他の警察官の方の対応が慌ただしく聴こえてくる、

『息子さんのことはわかりかねます!』『そう言われてもですね、こちらでは何も聞いていないので動きようがありません』『失礼ですがご家族の間でトラブルがありませんでしたか?こちらとしては家族間のトラブルは対応しかねます』



私が口をつぐむのを悟ったかのように社長はこう続けた
『社員は家族のように思っているんだ』
不覚にも良い会社だな、と俺は思ってしまった。この後信じられない行動に出る社長のことは梅雨知らず。

実際、こんな夜遅くに弟のことを気にかけて警察にまで出向いて捜索願いを出そうとしてくれていたなんてなかなかできることではない!俺が電話をしたのは夜9時頃である、家で寛いで寝る準備をしていてもいい時間だ。

だが社長は実際は弟のことはほとんど何も知らない、一社員だから当然であろうが私は先ほどの社長の言葉を信じてしまったのだ。

俺は弟が無事であって欲しい、その一心で社長の思いやりに耳を傾けた。
『もしかしたら事件に巻き込まれているかもしれない。私はできる限りのことはするつもりだ。まずはT警察の所へ捜索願いをだして、お兄さんも一度こちらにきて一緒にS警察署に出頭してくれませんか?そうすれば事件は解決に近づくはずだ!』

すぐさま東京行きを決断した。
岐阜に住んでいる妹に状況を話して手掛かりになることがあれば連絡をもらうようにした。
そうすると妹の旦那さんが一緒に東京に行ってくれると言うことだった。正直、一人で東京に行くことは心細かったが妹の旦那さんが受話器の向こうで俺を勇気づけてくれた。めちゃくちゃ安心した。何せ義理の弟ではあるが5つ年上の旦那さんである。頼れるアニキなのだ。何かと気にかけてくれる年上の弟に甘えさせていただいた。
翌日、岐阜から駆けつけてくれた義理の弟とともに東京へ向かう。

そんなやりとりをしている最中、全く知らない人からfacebookを通して連絡が来た。『〇〇のことをよく知る人物』からの連絡で俺の心情が一気に冷静と情熱の間を右往左往することになる。 まさに弟の家族とも呼べる存在の人だ。この人物とのやり取りで事件の詳細が鮮明になっていく。


つづく


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