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夫婦生活は晩年から「セカンドハネムーン」--<前>黄金色の秋の香と、イチョウ並木のゴリラ像

わたしたちは毎日、視覚として受け取る「色」になにかを感じて、うれしくなったり、ときにせつなくなったりします。いつも身近にある暮らしの「色」は移ろう四季によって変化し、ひとの感情に刺激を与え続けます。

今回は「女と本のあるふうけい」を運営するブックキュレーターの秦れんなさんに、「色」から発想する本を選んでもらいました。

「黄金色」で秦さんが思い浮かべたのは、老夫婦の介護生活を描いた『浦安うた日記』です。小説や絵本といった物語には、”毎日の暮らしをたのしむヒント”があるかもしれません。

『浦安うた日記』
著者 大庭みな子

秋からはじまり、秋で終わる日記

田んぼの緑が夕暮れに染まって、風が吹き渡っていくのをぼんやりと眺めながら、夏の果てを感じていました。もう遠くなってしまった蝉の声。

なんだかしんとした気持ちで、ノースリーブの腕に当たる風に肌寒さを感じて、腕をさすりながら、そんな光景を眺めていました。

秋が来ると、どこか取り残されたような寂しさを感じます。ひとつの恋が終わったようでもあり、でもじつは、ほっとしていることに気づきます。

空がぐんと高くなって、心も静かに澄んでいくようです。

あんなに恋焦がれていた夏の記憶などすっかり忘れて、今やさらりとした秋の肌触りにうっとりしているだなんて、なんだか節操のない女になってしまったような気分。

天気のいい日には本を一、二冊抱えて、公園に出かけるのにとってもいい季節です。サンドイッチや、濃く入れたミルクコーヒーをもって、シートを広げれば、なんて心地よく、幸せなひとときでしょうか。

そんな秋の読書にはこんな優しい随筆を広げてみませんか。

この日記は秋からはじまり、秋で終わります

晩年の夫婦生活「セカンドハネムーン」

作家の大庭みな子さんの、晩年の夫との暮らしを、めぐる季節のなか紡ぐ短歌とともに、描いています。

著者は自身のことを“ナコ”とよび、夫のことを“トシ”とよびます。

ナコは介護を必要とする体ですが、旅行にも行きますし、トシが朗読してくれるので、本も読めます。

「トシよトシ君あればこそ吾のあり車椅子さえうるわしきなれ」

まるでナコとトシの青春の日々が綴られているような、あつあつぶりに、少々驚かされるのです。実際にふたりは晩年の介護生活を“セカンドハネムーン”だと言っています。

ふたりが積み重ねてきた長い人生の一コマ一コマが、ふとした折に度々思い出されます。

たとえばプラタナスの落ち葉がパリでの暮らしを思い起こし、サクラマスを見て、アラスカでの暮らしに思いをはせる。においや、食べ物や、季節に感じるあらゆること、著者のなかを流れる過去の時間が、あまりにも豊かで鮮烈なので、なんだか現在が色のない味気ないものに思えるほどです。

愛する人と何度も何度も四季を越えて、同じものを食べ、会話をし、手をつないできたその積み重ねが厚く力強い層になって、ふたりを包み込んでいます。

夫婦って、こういうことなんだろうな……と、しみじみうらやましくなってしまう話ばかりです。

イチョウ並木のゴリラの像

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