おかしくてせつない稲村ケ崎の日々のはじまり--<1>詩人のミューズ田村和子“あっけらかん”の美しさ
小説や絵本などの物語のなかで描かれている女性像をとおして「美しさ」について語る連載。「女と本のあるふうけい」を運営する秦れんなさんが、こんな女性って、いいよね!と感じる瞬間を、ブックキュレーションをしながら紹介します。
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おかしくてせつない稲村ケ崎の日々のはじまり
「和ちゃんは幸運の持ち主だと思うよ。なんたって、ラッキー・セブンだからね」
田村和子さんは天才詩人田村隆一の7番目の女性であり、4番目の正妻でした。また、和子さんは詩人北村太郎の恋人でもあり、詩人たちのミューズともいえる存在でした。
彼らの三角関係は大胆で奇妙なものとして、あるいはドラマチックで情熱的なものとして知られ、後に小説『荒地の恋』にも描かれることとなります(和子さんは納得のいかない内容だったようですが。)
1980年1月の稲村ケ崎から、このおはなしは始まります。
著者の橋口幸子さんは、田村夫妻の暮らす稲村ケ崎の家の2階を間借りすることになるのですが、この頃、田村隆一氏は愛人の家に暮らしていたため、和子さんはひとりでこの海の見える家に暮らしていました。
潔癖症で、ぴりぴりしていて、どこかぬけている和子さんの様子に、はじめはびくびくしていた著者でしたが、だんだん彼女のあっけらかんとした性格と魅力に気づきます。
二人は日々の生活のなかで心を通わせ、家族とはまた違う、だけど確かな絆で結ばれていきました。
この本は、田村和子さんとの実際のくらしと日々を綴った“スケッチ”です。
和子さんとの同居生活にはさまざまな出来事が起こります。
和子さんはそういうひとなのだと思います。常にまわりで何かが巻き起こって、決して静かに、なにもないようには、人生をおくれないタイプのひと。
だけどきっと誰もが目を離せないとても魅力的なひとなのです。
田村和子というひとりの女性の人生と、それをとりまく(いえ、巻き込まれてしまうといった方が正しいかもしれません)人々の人生、そして著者の人生が、稲村ケ崎の家を中心に交錯し、複雑に絡み合ったり、ほどけていく……。描かれているのはとても重々しい内容でもあるのですが、たんたんと、おっとりと書き綴られた文章のために、そんな重みはまったく感じることがありません。
それは結局のところ、著者が和子さんを愛しているから。そして、稲村ケ崎で過ごしたおかしくてせつない日々を愛しているから、なのだと思います。
詩人のミューズのブルマー姿
著者が和子さんの家に間借りすることが決まって、引越しも終えたまだ間もない頃の、こんなエピソードが大好きです。
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