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うらかたり 第7話

裏方が語る舞台の裏側の物語『うらかたり』と題して、どらま館制作部技術班の渡部と中西が、制作部週間内で毎日更新するnote記事企画。

第7話は、中西が担当します。

4話5話では私が実際に手掛けた照明プランについて書きましたが、その続きということで今回私が書くのはこちらです。

架空の舞台照明をつくる

古井由吉『杳子』を上演にかける、という設定で、その冒頭と末尾について比較的リアル思考でプランを妄想していきたいと思います。

まずは冒頭の場面から。

谷底から見上げる空はすでに雲に低く覆われ、両側に迫る斜面に密生した灌木が、黒く枯れはじめた葉の中から、ところどころ燃え残った紅を、薄暗く閉ざされた谷の空間にむかってぼうっと滲ませていた。河原には岩屑が流れにそって累々と横たわって静まりかえり、重くのしかかる暗さの底に、灰色の明るさを漂わせていた。その明るさの中で、杳子は平たい岩の上に軀を小さくこごめて坐り、すぐ目の前の、誰かが戯れに積んでいった低いケルンを見つめていた。

天候は厚い曇り、山の緑も盛りを逃し漠とした印象です。「灰色の明るさ」が、かなりキーポイントです。これは「明るさは十分にあるが、印象として沈みや重みを感じさせる光」と私は捉えました。鋭い光や反射は好ましくないので、光源ひとつひとつの出力を弱く、一方光源の数は多く使ってフォローする設計にします。色温度は舞台にしてはかなり高めにし、レンズやフィルターをいじって散光した状態を作りたいですね。

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こちらは真上からのみ光が当たっておりますが、背後の映像の灰色が上記の印象に近いですね。同質の光で暗いところを飛ばせばイメージに近づきそうです。

続いて末尾の場面。

家々の間をひとすじに遠ざかる細い道のむこうで、赤みをました秋の陽が痩せ細った樹の上へ沈もうとしているところだった。地に立つ物がすべて半面を赤く炙られて、濃い影を同じ方向にねっとりと流して、自然らしさと怪奇さの境い目に立って静まり返っていた。

長く影を出すには光源を対象と同等の高さへ近付ける必要がありますが、やりすぎると舞台奥の壁に影がぶつかってしまって、この場面にはマッチしないように思うので考えどころ。また影を出すのでメイン光源の方向は一つになるようにします。人や物を「赤く炙」るような「秋の陽」の光は、素直に赤~橙のカラーフィルターを複数試してしっくりくる色を探すのがよさそうです。

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この写真は手前上の方から単一の灯体で照らしていて、写っていませんが影が前へ伸びています。この明かりに色を付けるイメージですね。


さて、今回は実際の現場を飛び出して架空の照明の仕事を始めてみました。

現場が減っている現状で裏方は正直つらいと思います。スキルは落ちていくのに、サークルだと引継ぎもしないといけなくて、だけど自分の仕事をより高めるのもまだ本当は諦めたくない。そんな時間の解決として、こんな風に仕事のイメトレをするのはいかがでしょうか。

話は変わりますが、今回の「うらかたり」、私はもう記事を書きません。というのも、本企画は今回から演劇にスタッフ経験のある方に執筆をお願いする形になりました。

次の記事は、早稲田大学演劇研究会より、川合凛さんが担当してくださいます!

川合さんは同期でそれぞれのサークルに入り、以降活動や公演の度に挨拶をさせてもらってます。演劇研究会や関連団体の公演に足を運ぶと、川合さんが制作として受付にいらっしゃることが何度もあり、その凛とした姿を見る度に「劇場に来た」という体感を強く覚えます。これはすごいことだ!と常々思っていて、今回声をかけさせていただきました。普段照明をする私は実は観客と触れる機会が少なく制作の仕事の様子がわからないので、楽しみです。よろしくお願いいたします!

それでは、明日以降の更新もお楽しみに!どらま館技術班 中西でした。


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