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うらかたり 第25話

裏方が語る舞台の裏側の物語『うらかたり』と題して、どらま館制作部技術班が更新するnote記事企画。
年度も新しくなり、今回は第25話を公開いたします。

こんにちは!どらま館スタッフの中西です。

昨年度に引き続き、どらま館から、様々なスタッフワークについて実際の仕事の様子を記事にしていただく企画『うらかたり』を公開してまいります。
今回は、*舞台美術研究会出身の松本凜大さんに、実際に製作した美術について書いていただきました。

それでは、よろしくお願いいたします!


どうも、舞台美術研究会に所属しておりました、74期の松本と申します。スタッフとしてはまだまだ未熟者ではありますが、僭越ながら私の担当する「舞台美術」というセクションについて語らせていただきます。

このセクションの特徴は「ルールが無い」という点にあると思っています。もちろん劇場のレギュレーションや予算、安全性、演出、動線などを考慮するのは大前提ですが、そこさえ守れば後はどんなものを、どんな素材で、どんなふうに作ろうが自由です。照明や音響などの機材を駆使する他の裏方とは違い、我々の場合、必要なものは自分で作ればよいだけですから。それゆえに舞台美術は、担当する人間の傾向や個性がわかりやすく現れてきます。

私の場合は変な舞台ばかり作っている気がします。奇怪な構造や仕掛けが求められる現場ばかり私の元にやってくるのです。なぜかしらん、私はとっても真っ当な真人間なのに。今回は過去に担当してきた現場の中でも、最も奇妙で、舞台美術の際限の無さがよくわかる舞台をご紹介しましょう。

2021年度*舞台美術研究会秋季研究会公演

『能楽堂の甕の中には涙の海が広がっている』@学生会館B203

主宰:星川全

脚本・演出:中荄啾仁

砂浜・能舞台(舞台中央)・松の木(舞台奥)・瓦礫・自動販売機・コンビニが共存するカオスな舞台。*B203をこれでもかと広く使って、これらの要素を詰め込んだ舞台美術は、私の集大成と言ってもよいでしょう。

・砂

この舞台を初めて見た人は、まず舞台前面に敷かれているものに目が行くかもしれません。これ、本物の砂です。この舞台は砂浜・砂丘がモチーフになっているとのことだったので、砂500㎏を劇場にばらまきました。事前に劇場と交渉したり、砂を建材屋さんに発注したりと、慣れない手順を踏む必要はありましたが、まわりのスタッフさんたちの協力もあって、なんとか形になりました。開幕時にはまっさらだった砂浜に、役者の足跡が増えていくのが面白いですね。「そこに、だれかが、居た」という痕跡が残るのは、劇の内容とも相まって素敵でした。ただ、後片付けは本当に大変ですので、もしやるなら覚悟してくださいね。

・台敷き



台敷きとは舞台の基礎となる部分のことです。平台と呼ばれる木の台を劇場に並べて作るのですが、これらは劇場に対して垂直あるいは水平に並べていくことが多いです。が、私はそれを良しとしたくない、すこーしだけ斜に構えた人間なので、文字通り平台を斜めに配置することがよくあります。下書き段階の図面を挙げておきましたが、そちらを見ていただければわかる通り、この現場においては舞台奥側に45度、舞台手前側に約60度という二つの角度をつけました。なぜ、わざわざこんなことをするのかと言いますと、舞台上に斜めの線を引くことで遠近感が強調され、小劇場という狭い空間にも奥行きが感じられるようになるからです。小劇場で舞台を作る者にとって、小屋の狭さをいかに克服し、舞台に広がりを持たせるかは永遠の課題です。


・素材



舞台美術の基本は木工です。木材を切り、釘やビスで繋げ、塗る、この繰り返し。しかし木以外の素材を加工することも多々あります。この舞台で言えば、コンビニのパネルや松の木がまさにそう。コンビニパネルには塩化ビニール板を組み込んでいます。コンビニを再現するのに本物のガラスを使うわけにはいかないので(←高い・重い・危ないから)、別の素材を探して代用する必要があるわけです。松の葉も、実はよくよく見てみるとクリスマスツリー用の緑のモールを切り貼りしているだけですし、松の幹部分は*スタイロフォームという断熱材を彫りだして作成しています。それでも、客席から見るとそれなりに本物らしく見えるから不思議ですよね。


・仕掛け

現場によっては、劇中に舞台の一部が動作することがあるのですが、その仕掛けも美術で組み込みます。この舞台においては、自動販売機とコンビニのファサード部分に明かりを灯すことができるように細工しました。今回は加工が簡単なテープLEDを使用しています。ただ、コンビニのファサード部分は幅が長いため、市販のテープLEDでは長さが足りません。2本使えば長さは足りますが、配線がだるい。よし、くっつけよう!ということで、はんだ付けでテープを接続しました。売ってなければ、作れば良いのです。また、自動販売機にはもう一つ仕掛けがあって、なんとこの子、見た目だけの張りぼてではありません。ボタンを押すと、本当にドリンクと釣り銭が出てくるのです!その仕掛け動画が公演のインスタに投稿されているので良かったら見てみてください。


いかがでしたか?この一つの現場を例に取っただけでも、舞台美術の幅広さをご理解いただけたかと思います。舞台美術なんてたかが背景と言ってしまえばそれまでですが、その景色を0から作っているスタッフがいることを、観劇の際には思い出していただければ嬉しいです。

松本凜大

舞台美術研究会74期

早稲田大学文化構想学部表象メディア論系4年


うらかたり座談会

こんにちは、どらま館制作部の大澤萌です。私は舞台美術研究会という裏方専門サークルに所属し、普段は演劇公演の舞台美術を作っています。今回、「うらかたり」を書いてくださった松本凜大さんをお招きし、どらま館制作部・舞台美術研究会OB・2021年度舞台美術研究会秋季研究会公演(以下「秋研」)脚本演出の中村仁さんと大澤で、「うらかたり座談会」を行いました。舞台美術のニッチなお話から凜大さんのお人柄が垣間見えるエピソードまで、座談会の雰囲気も含めてたっぷりとお届けいたします。

●素材のお話

大澤:
同じサークルの先輩後輩同士で、全員秋研の*座組で、改めてこうしてお会いすると何だか照れくさいですが(笑)、さっそくいろいろ伺っていければと思います。美術って、素材を考えるのが難しいですよね。おもしろいところでもありますけど。これを作ってくださいって言われたときに、本当にその素材で作ることはできないことが多いので。秋研ではそれこそ松の木とかがあって、そういう素材の選択はどのようにされましたか?

凜大さん:
例えば、木とかだったらネットを調べるとお店の内装として作られてる例があって、そこからどうやって作ってるのかなって調べていくといろいろな例が出てきて。その中で比較的安価でかつ知識がなくてもできそうなものを選んでいくと、選択肢が狭まっていく。今回の現場では、スタイロフォームかな、と。基本自分の中に答えがないから、松の作り方なんて知らないから(笑)。似た物の例を探すのが最初かな。

大澤:
たしかに、「舞台美術 ○○」とかで作りたい物を調べてもあんまり見つからなくて、でも内装とかインスタレーションを探してみるといい例が見つかるかもしれませんね。本物の素材を使えたらいいけど、予算や規格の面で難しいことが多いですし。

凜大さん:
我々は芸術家じゃなくてスタッフだから、自分の作りたい物を作れるわけじゃないし、補佐にお願いして作ってもらう必要があるから、とくに形が定まらないものは難しいよね。布とかは形が定まらないから大変だなあって思う。重力がなければ使いたいけど(笑)。

●機構のお話

大澤:
布といえば、凜大さんがちょっとイレギュラーな*幕舞台で苦労されている様子を拝見してきたので、幕舞台って大変なんだな…って思ってます。

中村: 
そんなことないよ!半分機構みたいな現場も多いし。

凜大さん: 
機構だと舞監が担当することも多いけど、例えば回転扉とかは美術の機構って感じだよね。早稲田の演劇ではやってないけど、高校生の頃やってたんだよね。しかも二回くらい。

中村:
そうなの? 初めて知った。高校の時からやってるんだそういうこと(笑)

凜大さん
うん、だから性なのかなって。演劇部でもやったし、文化祭のクラス劇でもやった。

中村
性だねえ(笑)。

●スケジュール・搬入搬出のお話

大澤:
さっき素材のこととかで、私たちはスタッフだから現実的に、具体的にどうするのかが大事になってくるねってお話だったと思うのですが、そういう点だと今回のプランはどのくらいの期間で考えられたのでしょうか?

凜大さん:
覚えてないなあ……。

中村:
でも割と早い時期に「砂!」って言ってたんだよね。

凜大さん:
企画書開いて、「砂丘」って文字が出てきて、いったん閉じました。はあ?と思って(笑)。まあでも、砂はぶちまけるだけじゃない? 今回難しかったのは、要素が多くて。砂浜、能舞台、コンビニ、瓦礫、自動販売機、松。それをどうにか*B203のスペースに収めなくちゃいけないのは難しかったな。ずっとパソコンに向き合って、パズルみたいに組み合わせてる時間は長かったかも。

中村:
瓦礫とか、すごいきれいに収まってたよね。継ぎ目とか全然わからなかったし。

凜大さん:
かさばるのはね、搬入搬出が大変だから。

中村:
外小屋だと搬入口の大きさが大きいところも小さいところもあるじゃない? 美術の物を大きくしすぎると入らないし、小さすぎても後で組み立てるの面倒だよね。

凜大さん:
こっちとしてはなるべく大きい形で運びたいけど、トラックに収まらなかったりもするしね。別の外小屋の現場では、軽トラ一台に強引に収めました。あのときはパネルと台だけだったんだけど、パネルを凝ろうと思ったら厚みがでちゃって。しかも階段で地下に運ばないといけなかったんだよね。大変そうだなーって(笑)。

中村:
そうだよね。......何だか部室でちょっと真面目に話してるだけみたいな感じになってきちゃったんですが(笑)。

ここから、どらま館職員の宮崎さんが座談会に加わってくださいました。

●舞台美術のおもしろみ

宮崎:
さっき高校から舞台美術をされていたと仰っていて、大学でもずっと美術をされていて、その中で考え方の変化とかってありましたか?

凜大さん:
うーん、現場ごとに作る物も小屋も予算も手伝ってくれる補佐も変わるので、毎回新しい気持ちで臨んでいて、全然慣れていかないですね。なので、大きく自分の中で考え方が変わるってことはなくて。細かいテクニックを一個一個身に着けて、どうにか良いスタッフになれるよう日々精進中って感じですね。毎回*仕込みの前日はドキドキするし(笑)。

宮崎:
おもしろみ、みたいなのは変わらないんですか?

凜大さん:
そうですね、そこは全然変わってない気がします。一番最初の打ち合わせはワクワクするし、もともとものづくりが好きなのもあって、舞台美術という大きいものを作った達成感とかやりがいはありますね。大変さに見合う楽しみがあるので、やめられないって感じです。

大澤:
そうですよね。一方で私は、お仕事お仕事していってしまうのがちょっと怖いなとも思っています。やっていることは楽しいから楽しい気持ちでいたいけど、このままいろんなことをやっている内にそうじゃなくなっていくのかなって怖さがあります。

凜大さん:
当然しんどいなって場面はあるけど、そうなったら「はい仕事」って逆に切り替えちゃうかも。楽しい時は本当に趣味の気分でやれるし、しんどくなったらスイッチ切り替えてやる、みたいな感じかな。

宮崎:
なるほど、「今は時給発生してますー」って気持ちでね(笑)。いいね。

●これから

宮崎:
これからも舞台美術をやっていかれるんですか?

凜大さん:
そうですね、そんな感じになっちゃいました(笑)。何かしらのスタッフとして生きていく道はかっこいいな、とずっと思っていて。割とこう、目立ちたがり屋なんですよ。でも、目立ちたくはないんです(笑)。脚光を浴びたいけど、視線が集まるのはちょっと、っていう。なので、自分が作ったりサポートしたものが注目されている、みたいなところでニヤニヤしちゃうというか、嬉しいなって思います。

中村:
ああ、いいねそれ。これから何か、どんなものでも、作ってみたいものとかこれ面白そうだなってものある?

凜大さん:
うーん……。街中を歩いていてこれいいな、って思う建物とかはあるんだけど、何か一つ明確に作りたい、っていうのがあるわけではなくて。でもちょっと複雑な迷路的な、現実の空間だと変だし滅多に存在しないけど、映像とか舞台だとそれに理由付けができる、意味づけができるような、リアルだけど変な空間、みたいなのを作りたいなって思う。

大澤:
ぜひ見てみたいですし、何なら私もいっしょに作りたいです。今日はどうもありがとうございました!

●インタビューを終えて

演劇の世界を舞台上に表現し、観客と劇世界の橋渡しをすること。静かにたしかに力強く、演劇を支えている存在。それが舞台美術なのかもしれません。様々な難所を乗り越え、ふと気付けば頂点にたどり着いていたけれど、景色を楽しむのも束の間。あっという間に本番は過ぎ去って、名残惜しさを感じつつ下山する。まるで山登りのように自らとじっくり向き合えるところが、このセクションの奥深さやおもしろさなのかもしれないと感じました。

今回お話を伺った松本凜大さんは、優しくてユニークでお会いすると心がホッとする、とても素敵な方です。2021年度秋研を観られた方もそうでない方も、今回の座談会の記事をきっかけにあの舞台美術を作られた「中の人」に少しだけ思いを馳せてくだされば、(ご本人は遠慮されるかもしれませんが)とても嬉しいなと、私は思います。

どらま館制作部/舞台美術研究会76期 大澤萌


*舞台美術研究会:
早稲田大学唯一の裏方専門サークル。大隈講堂裏にアトリエを持ち、普段は大学内外から依頼を受けて年中活動している。

*舞台美術研究会秋季研究会公演:
舞台美術研究会が主催する、秋季に行われる公演。通称「秋研」。

*座組:
公演に携わる関係者の組織。

*スタイロフォーム:
正式名称は「押出発砲ポリスチレン」。建築現場で断熱材として使われることが多い。2021年度秋研では、これを切り出して松の幹を作った。

*幕舞台:
幕(布)を吊って周囲を囲んだ舞台。↔パネル舞台

*B203:
早稲田大学学生会館地下2階にある、演劇の公演を行うことができる部屋。舞台を作るのに必要な機材や道具が用意されている。

*仕込み:
照明を吊ったり製作した舞台美術を設営したりして、舞台を作ること。


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