韓国映画「愛の贈り物」

先日、某所で行われた北朝鮮人権映画祭に足を運んだ。このイベントは来月神戸で開かれる映画祭のプレイベントで、上映される映画も英語アナウンス、英語字幕のまま放映されるなど、あまり一般的なものではなかった。しかし、その中の1本「愛の贈り物」は極めて衝撃的だったため、その内容をここに残しておこうと思う。

※この先、映画の内容に触れています。






主人公ソジョンには、傷痍軍人で足が動かせない夫カンホとの間に娘ヒョシムがいる。
時代は「苦難の行軍」(1990年半ばから末まで)時代だ。配給はもうとっくになくなり、食べるものも尽きた。北朝鮮は「無償医療制」を謳っているが、それは表向きで、実際には薬や注射など全て購入しなければならない。彼女らが暮らす家は、夫が傷痍軍人であるために得た家だった(北朝鮮では国のために働いて怪我をした軍人は「それなりに」優遇されるのが普通だ)。しかし、ついにその家を担保に借金をせざるを得なくなったソジョンは、借金を返すために売春宿で働く。

その頃、その地域の警察署長は金正日に高価な「忠誠の贈り物」を送ることを計画している。それは100年ものの高麗人参だった。そのためにはまとまったお金が必要となる。署長はソジョンの家を売り払ってお金を作ることを考える。しかし、傷痍軍人の家を取り上げるのは「問題」になりかねない。そこで甥(警察官)にそれをうまく解決するよう命じる。

ソジョンが売春宿で働いてる時に警察が摘発にやってくる。売春宿で働いていた女性らは皆、拘束されて連行されていく。警察官はソジョンのみを外に連れ出し、家を手放すなら見逃してやると述べる。それを断れば、ソジョンは捕まり、家族は政治犯収容所に連行されると脅す。
もう打つ手はないと観念したソジョンは、家を手放すので1日だけ待ってくれと頼み、その日売春で稼いだお金を持って家に帰る。

その日は娘ヒョシムの誕生日だった。ソジョンは久しぶりに白米を炊き、卵を入れたスープを作る。
それを見た夫カンホは、高価な米や卵をどこで手に入れたのかと激しく問い詰める。
カンホは党員だった。その日もカンホは「生活総和」で「少しでも節約をして、自力更生、艱苦奮闘の革命精神で生きる」ことを皆に強調したばかりだった。
夫の追求に、「娘の誕生日だからお金を借りた」「自分が商売をしてお金を稼いでいる」などと嘘をついたソジョンだったが、夫は妻が職場に行かずに商売をするなど「非社会主義的」な行動をしていると激しく責め立てる。ついにソジョンは爆発する。

「節約?食べるものがあってこそ節約もできるものでしょう!」
「革命?食べて生き残ってこそ革命ができるんでしょう?」
「あなたの治療費はどこからでていると思ってるの?空から降ってきてるとでもいうの?」
「一日一日が地獄のようだわ!」

国家から出ていると信じていた自分の治療費を全て妻が都合していたことにショックを受けるカンホ。
言いすぎた、と妻に謝り、食事をするよう促す。

それでもなお、カンホが自分を疑ってることを感じたソジョンは、さらに大きな嘘をつく。

「本当は私、今日、敬愛する将軍様にお会いしたの!」

最高指導者に「接見」した者にはさまざまな特恵が与えられる。平壌に引っ越すこともできるし、配給も与えられる。
ソジョンは喜びに満ちた表情で「接見」の様子を語る。そして、今日白米と卵が手に入ったのは、将軍様からの「愛の贈り物」だったと述べる。
これまで嘘をついたのは、「将軍様の身辺安全のため」にそれを誰にも話さないよう釘を刺されたからだとした。

「お前が本当に接見者になったのか!」
カンホは部屋に掲げられた肖像画に敬礼をし、涙を流す。娘は大喜びで「平壌に行く時はどんな服を着よう」「遊園地に行ってもいい?」と無邪気に尋ねる。カンホは大切に軍服をかきいだく。平壌に行けば、足の治療も可能だという。歩けるようになった自分、そして綺麗な服を着た妻と娘・・・そんな未来を夢見るカンホ。いままで苦労をかけた妻に代わり、ご飯の準備も全部自分がしようと想像する。

その時、その日に行われた「講演」のプリントがふと目に入る。

「敬愛する将軍様はいま、ロシアに向かう列車の中でも、苦しい生活をしているわれわれ人民のために・・・」

講演ではそう言っていなかったか。で、あればソジョンが将軍様に「接見」できるはずがない・・・
カンホの麻痺はさらに腕にも広がっていたし、地方の病院ではまともな治療も受けられず、今後さらに悪化することが予想されていた。
「そうか、生活が苦しかったのは自分のせいだったのか」
カンホはソジョンが体を売っていることに薄々気づき、声を押し殺して涙を堪える。
カンホは軍服を綺麗に畳み「自分が死んだら下着だけにして埋めてくれ。軍服や車椅子はまだ売れるだろうから」と遺言を残し、殺鼠剤を飲み込んで布団に横たわる。

ソジョンも家の外で涙を流していた。
家を追い出されたら、障がいのある夫はどうすればいいのか。かといって、家を売らなければ売春をした罪で家族ごと政治犯収容所に連行されてしまう。
「なんとか頑張ろうと思ったけどどうにもならなかった」。ソジョンは愛する夫と娘に遺言を書き、殺鼠剤を飲む。

警察署長は100年ものの高麗人参を無事に手に入れ、金正日に贈る。それは朝鮮中央テレビでも放映され、署長は高い評価を得て出世する。ソジョンが家を手放すよう仕向けた甥も、警察署内での出世が約束される。警察署長らは豪華な家で贅沢な食事をしながらそれを祝っている。


恐るべきリアリティを持った映画だ。
脱北者である監督によって作られた映画で、言葉遣いも、社会を貫く「思想」も実際の北朝鮮を反映している。

イベントでは、脱北者の方が一言述べた。
「私も北で、隣人が殺鼠剤を飲んで死んだのをこの目で見た。映画のように、口から血を流して美しく死んだりはしない。苦しみであちこちを引っ掻きまわし、苦しみもがいた末に死んでいた」

たくさんの餓死者を出した苦難の行軍時代。
その数は数十万とも数百万とも言われている。
現在の北朝鮮はこの時よりは豊かになった。しかし、映画に出てくるメンタリティ――すなわち、「忠誠の贈り物」などという賄賂のために人民が苦しい生活を強いられるという社会であること、警察機関が絶大な権力を持って人々を抑圧できるということ、人民が限りなく自力更生を求められること――は現在もおそらく、少しも変わることなく存在している。

北朝鮮をめぐる人権の問題は多くある。日本人は、すぐに「拉致問題」を思い浮かべるだろう。もちろん、拉致問題も解決されるべき大きな課題である。しかし、国内の人々が日々直面しているこうした人権の問題にも目を向ける必要がある。国内外におけるさまざまな問題は、人の命を軽視する国であるからこそ生じている問題だからだ。

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