成人式に一人で行って一人で帰ってきた話

成人式という人生の大きな節目。
華やかな振袖やスーツに身を包んだ同級生たちが再開を喜ぶ中、私は一人きりだった。
会場の隅で、あの頃の同級生の笑い声が遠く聞こえる。その喧騒に混じることはなく、私は一人、静かに人生の節目を迎えた。



20歳当時の私は様々な要因が重なりかなりやさぐれていた。
また、元来イベント事に興味がなく、当日朝まで酒を飲んでいたこともあって、「まあ寝坊したら参加しなくていっか」くらいの心持ちで、成人式当日を迎えた。

朝まで飲んでいたにも関わらず、なぜか式に十分に間に合う時間に起きてしまった。
起きて第一に「二日酔いを理由に不参加でも」といった考えが一瞬浮かんだのを覚えている。
だがとりあえず成人式に行くことにした。まったく理由はなく、そこに何の感情もなかった。強いて理由を挙げるのであれば「なんか起きれたから」。

二日酔いでけだるい体をたたき起こし、だらだらとシャワーを浴び、いつも通りのヘアセットを行い、いつ買ったかも覚えていないそこそこ綺麗なスーツに袖を通す。
スーツとは真逆に、使い古されたコートを羽織り、最寄りのバス停を経由して会場へと向かった。

少しのんびりしすぎたせいか開催時間が迫っており、会場外にはあまり人がいなかった。
事務的な手続きの後、広めのホールの扉を開ける。
全体の約6割程度、席が埋まっているように見えた。
当然自由席だが中学校ごとに集まっているようで、当時から「やんちゃ」が多いで有名だった私の中学校の集団はすぐに見つけることができた。

騒がしいホールの中でもひときわ悪目立ちしているその集団は、椅子の上に立って大声で会話をしており、うち数人は特攻服を着こみ、挙句の果てには旭日旗まで掲げていた。なんなんだ。

元より同級生とかかわるつもりがなかった私は、彼らの5,6列後ろの空いている席を確保した。集団の近くを通ったが、だれも私に気が付かなかった。一人の女の子と目が合った気がしたが、声をかけられることはなかった。私のことなど忘れているのだろう。私もその女の子のことは覚えていなかったが。

着席後五分と経たず式が始まる。
市長やらなんやらの偉い人達が定型文を読み上げ、全然知らない新成人代表の女の子がこれまた長ったらしい定型文を棒読みする。案の定眠くなるような内容だった。

おそらくどこの地域でもそうであるように、壇上の人の話など誰も聞かず、各々が好き勝手に思い出話に花を咲かせていた。

その後に、市内の中学校の恩師たちから新成人へのビデオレターが放映された。
新卒で私のクラスを担当し、卒業式では「君たちは先生にとって初めて持つ生徒で」と涙していたあの担任の姿は、映像内にはなかった。

(後に聞いた話だが、成人式後の同窓会に担任が出席していたらしく、そこで生徒一人一人に直接声をかけていたそうだ。当時はそんなこと知る由もなく、「まあそんなものか」と社会の冷たさを知った気になっていたものである。)

式終盤。
市長が壇上に登り、「おたのしみ抽選会」の実施を宣言した。
なんのことはない、市長がランダムにくじを引いて、くじに書かれていた番号に座っていた人が景品をもらえる、というなんの捻りもない抽選会だった。
気になる景品はというと、市内の寿司屋や焼き肉屋のお食事券、水族館のペアチケットだったと記憶している。

単調な抽選会が進行していく中、壇上に登るよう指示された当選者のうち、見覚えのある男がいた。

正直、彼のことはその瞬間まで忘れていた。
となりのクラスだったM君だ。彼は私と同じように根暗で、陰湿で、話すときは早口でぼそぼそ喋り、常におどおどしていている、要するにスクールカースト最底辺の陰キャだった。
クラスも違ったので彼と話す機会はめったになかったが、「同じく根暗っぽいから」という理由で中学時代の私は一方的にシンパシーを感じていた。

中学卒業後数年たった当時でも彼の雰囲気は変わっていなかった。
「服に着られている」という表現がぴったりな似合わないスーツ
おしゃれでもなんでもない眼鏡
あか抜けないノンセットのヘアスタイル
身長、年齢以外全てが中学の時のままだ。
成人式などに来るタイプではないと思っていただけに、再び親近感が沸き起った。式典が終わり次第探して声をかけようと思ったほどだ。

私がそんな記憶を呼び戻しているうちに、
「アレM?」
「えっあいつ居た?どこに座ってた?」
と、数列前の同級生らも壇上のM君に気が付いたようである。

「おお~いM!お前こっち来いよ!」と、一人が大声で呼びかける。
M君はその声に振り返り、ぎこちなく手を振り返す。
壇上で何らかの景品を受け取ったのち、同級生らのもとに駆け寄った。
「おめぇ久しぶりだな元気してたか?」
と、皆M君を温かく迎えている。
中学生当時は彼を小馬鹿にしたような態度をとっていた連中も混じっていたが、そんな奴らでさえもM君となにか会話をしていた。

抽選会が終わり、もう少しで閉式だという頃にはM君はすっかり彼らに馴染んでいた。
ほかの連中同様、閉会の辞など聞かずに隣の級友となにかを話しているようだった。

今からでも声をかければ私も混ぜてもらえるだろうか
そんな考えが頭をよぎった。

・・・

式典が終わり、会場を出たのちも周囲で喧騒は続いていたが、私は寒空の下一人で立っていた。
ずっと後ろからにやにやと皆を観ていたことに対する後ろめたさ、卑屈さが相まって、結局声をかけることはできなかった。

同級生らは飽きもせずに写真をとり、じゃれ合い、笑いあっている。
私はそんな彼らを一瞥し、帰路に就いた。

周りは皆複数人で坂を下る中、私だけが一人で歩いていた。その恥ずかしさと孤独がより足を速め、雪道で派手に転んでしまった。その情けなさたるや、筆舌に尽くしがたい。

帰り道の凍えるほどの寒さと膝の痛みが、私の孤独感をより一層増幅させた。



同日夕方より、同窓会が開催されたそうだ。
それはもう盛り上がったそうだが、私が参加していないのは言うまでもない。


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