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暗殺者はフリーサイトの先で待つ

 暗殺者は苦笑いしていた。

 決められた給与の中で適当に仕事をするくらいならやめてやる。そう意気込み、会社と家を捨てて夜逃げしてから早五年。俺の暗殺稼業は中々に盛況だった。
 退職は色々な要因が積み重なった結果なのだが、中でもひどかったのは社長の一人息子だ。中学生のくせに邪魔をしてきて、偉そうにする。あれは怠かった。

 話が盛大にそれかけたが、このご時世、殺したい人も殺されたい人も多いものだ。
 自殺も多い昨今、この国では一日に五人以上の人が死んでいる。病死や事故を含めたら百は超えるだろうが、実はその死者数の七十パーセントは暗殺者が占めている。

 過言ではない。
 現に俺は今、仕事として依頼人の前に立っている。

「………」

 依頼人は無口な女子高生だった。
 彼女は少しばかり太っていて、お世辞にも可愛いとは言えない容姿をしている。猫背にもほどがあるせいか、彼女の周りだけ暗黒のオーラが渦巻いている。それからちょっと毛深い。

「あの、では、お願いします……」

 尻すぼみになっていく声を聞きながら、俺は逡巡する。
 今更の話だが、人を殺すというのは大罪だ。今までに千人はあの世に送っているが、きっと俺は捕まればひどい事になる。とはいっても、その場合は他の同業者の事もチクって、芋づる式に道連れにしてやるつもりだが。

 では何故そこまで人をさようならしておいて今迷っているのかだが、それは今回の依頼の内容によって生じているものだ。
 彼女を待たせるのは酷だが、とりあえず俺は昨晩の事を思い出してみようと思う。

 昨夜は、鮒寿司の美味しい夜だった。
 不味い不味いと言われているのでどんな味かと思えば、これが中々に美味しい。臭みはあるが、食べ始めればそんなに気にはならない。

 鮒寿司を口に放り込みながらネットサーフィンをしていた俺こと暗殺者は、運営している依頼サイトに通知が来た事に気付き、箸をその辺に投げ捨てた。もちろん後悔した。

 このサイトはいわゆる裏サイトというやつで、エロサイトの広告を踏んで更に次の広告を踏んで、というウイルスをも恐れぬ所業を成した先にようやくたどり着ける設定になっている。
 そのため、依頼を送ってくるのはどうしても男子中学生が多いのだ。その理由の大半は、親のパソコンにウイルスを感染させてしまったから。それだけ聞くととてつもなくふざけた理由だが、男なら分かるはずだ。親のパソコンの画面にエロサイト広告が数秒更新で表示されるようになる恐怖が。あのどうしようもない絶望が。そして最後は電話で登録を取り消してもらうのだ。今更ながら思うが、あんな電話はかけなくても良かった。

 そんな到達方法からか、このサイトはあまり表に出回らない。最近流行りのトゥイッターでも、ここの情報は公表されていなかったりする。
 とはいえ、それも当然の話。このサイトに行く方法を知っているという事はつまり、無様にもエロサイトの広告を連続で踏んだ間抜けだと自白しているようなものなのだから。

 依頼者は年齢記入欄的に女子高生だった。この記入欄、男性の場合は『成年』と書かれている事が多いのだが、これは大体男子中学生。『年齢不詳』が本物の成年だ。
 女子高生からの依頼の内容は、当然ながら、自分の事を殺してほしい、というものだった。
 内容を色々見て、冷やかしではないと判断し、俺はすぐにでも登録された番号に電話をかけた。

 それからは目の前の彼女と依頼の話をして、今晩に至る。

「……えっと、そりゃ暗殺者だし、人を殺すのが仕事なんだけどさ」

 流石に黙っていると彼女に不安を与えてしまうので、立ち話にはなるが、少し話をしてみる事にした。
 場所はとあるビルの屋上。一応『とある』と付けたが、ここは俺の前の勤務先だ。何故なのかは、後で聞いてみるつもりだ。

 女子高生は顔をこちらに向けずにコクリと頷いた。どうやら、話くらいは聞いてくれるみたいだ。高い建物の屋上で死を待つなんて途方もない恐怖だろうに、よく耐えている。いっそそこで足を竦ませてくれれば仕事をせずに済むのだが、そうもいかないらしい。

「とは言っても、別に俺はお手伝いではないのよ。色々事情はあるだろうけど、こっちにもこっちのルールがあるわけ」

 少々威嚇気味かもしれないが、敢えて敬語を使わずに話す。これで怒りを生じて、死を諦めるお客様もいる。出来れば、未成年は殺したくない。

「サイトの規約にも書いてあるんだけど、俺は『自殺のお手伝い』はしないのさ」

 この時代、自殺は多い。特に、未成年のそれは非常に多い。
 別に駄目だと言うつもりはないし、この辛い時代を生き抜けなんて酷な事を言うつもりもない。ただ、未成年は割と変な理由で死のうとする人間が多いのだ。
 それは本人にとってはとても重要な事かもしれない。学校でいじめられていたら、確かに死にたくもなるだろう。だが、エロサイト閲覧が親にバレたくらいで死のうとするなんてのはありえない。

 志望理由ならぬ死亡理由は未記入だった。なので、どうしてもこの場で聞かなくてはならない。

 そして、俺は決して自殺の手伝いをするつもりはない。
 そもそも自殺の手伝いって矛盾している気がするが、それはそれ。例えば今の状況。

 彼女は俺に背中をポンと押してくれるだけでいい、と言ったが、そんなのはそもそも仕事ではない。アルバイトでいうなら、ペットボトル一本を棚に置いただけで給料が貰えるようなものだ。最高じゃないか。違うそうじゃない。
 後味の問題だ。俺がしているのは慈善稼業ではない。殺される事を他者に望まれるような人間ならしっかり削除するが、自殺者は誰かに疎まれているとは限らない。

「……じゃあ、殺してください。それなら」

 良いでしょう。とでも言いたげに、彼女はこちらを向いた。ようやく目を合わせてくれたような気がするが、顔は月明かりが遠くてまだ見えない。が、やはり顔はそこまで可愛くなさそうだ。

 確かに、依頼内容を『自殺の手伝い』から『自分の殺害』に変更すれば、仕事上の問題は無くなる。それならば、文句は言わずに俺がこの場で彼女をつき落とせる。
 自分に疎まれるなんて、どんな気分なのだろうか。想像もしたくないが、生きたまま茹でられるカニのような気分だろうか。

「了解です。なら、遠慮なく仕事を全うしますね。お代は先ほどいただいた料金で結構です。元より暗殺のつもりで金額設定はしていますので。後は、難易度ですかね」

「……そうです、か」

 流石に恐怖が出てきたか、声が震えていた。
 いきなり敬語を使い出すと怖がる依頼者も多いが、この子もそのタイプか。

 仕事の正当性は確保したが、まだ肝心な事を聞いていない。

「何故、死のうと思ったのか。殺してほしいと思ったのか、その理由は必ず聞く事にしています。お聞かせ願えますか」

「………え、それ、未記入で……良いって」

「死者にもプライバシーは存在するため、ネット上に記録を残さないようにと未記入にしているだけで、業務執行前には必ず聞くようにしております。他の同業者がどう考えているかは知りませんが、私は何よりそれを最も重要な記憶としていますので」

「…………ッ」

 女子高生はうつむいて、また口を閉ざしてしまう。
 よほど聞かれたくない理由なのか、それは分からないが、とはいえこのルールを崩すわけにはいかない。どれだけ深刻なものであろうと、それだけは個人の領域に土足で踏み込まなければいけない。

 それから数分。ようやく街の明かりも消え始め、正真正銘の夜になりつつある。観念という言い方はおかしいが、彼女は話す覚悟を決めたようだ。うつむいていた顔を上げ、こちらをまっすぐに見つめている。惜しい。まだ街明かりがあれば顔が見えただろうに。

「えっと。この会社。父さんが経営してるんだけど」

「………ッ」

 ひねり出されたのは、意外すぎる言葉。
 経営者、社長が代替わりしていなければ、俺は今晩、元勤め先の雇い主の親族を殺そうとしているのか。

 だが、妙だ。確か社長に息子はいたが、娘はいなかったはず。年に一度の社員旅行では必ず家族総出だったので、間違いはない。
 ということは、社長が変わったのだろうか。そう五年程度で変わるような立場でも無いはだろうに。

「父さんの会社、パソコンがいっぱいで、なんか繋がってて、それで、なんかやばくて」

「……そうでしょうね」

 どこの会社も似たようなものかもしれないが、うちの社内パソコンは全てが連動している。ノートは別だが、それ以外は全てがデータ連動するように設定されている。
 だが、それのどこに自殺の理由がある。それも会社員でもない彼女に。

 と、俺は確かに思ったのだ。
 だが、その直後に判明した事実に、そんな思いは一瞬でかき消されてしまったのさ。

「“俺”、ちょっと会社のパソコンでエロサイト見てて。それで、会社のパソコンみんなエロいのが映るようになって。やばくって」

「……」

 やっちゃったな。と思いましたよね。
 というか、今一人称が『俺』ではありませんでしたか。もしかして、男の子ですか。社長の息子さんですか。記入欄に女子高生って書きませんでしたか。

 言いたい事は色々あるが、俺がこの会社で働いていたBさんである事はバレるわけにはいかない。開きたい口、笑いたい口角を必死に抑えて、話の続きを促した。

「それで?」

「……広告飛びまくったら暗殺サイト見っけて、じゃあバレる前に死のうかなって」

「………なるほど」

 依頼を受けたのは昨日の夜なので、さぞや今朝の仕事場は地獄絵図だったと思われるが。

 何にしても、このビルで働いている元同僚、というか社長が一番かわいそうだな。なんて、思ってしまう一件だった。

「……はい、はい。わかりました。以後、絶対に触らせないようにしますので、はい。はい、申し訳ありませんでした」

 その後、俺は彼に死ぬほど感謝され、仕事は執行されずに終わった。平謝りなら慣れている。

 だから、エロサイトがバレたくらいで死のうとするなと言うに。
 案外、一回目は許してもらえるものなのだから。

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