変革の007 〜ノータイムトゥダイ〜

歴代最高ボンドという呼び声も名高いダニエル・クレイグ。その彼が演じる最後のボンドとなる今作の007。9月30日に公開されたイギリスに次いで10月1日に公開された日本。公開からまだ4日で世論がまだ読めないが製作費2億5千万ドルをかけ、164分となる上映時間を記録している本作には否が応でも注目が集まる。ピアースブロスナン時代から007を追っている筆者はエンタメとして超大作としては楽しめたが、007シリーズとしては上映中違和感を感じる事もあった。だが違和感について調べると、これまでの作品もそれまでの007”らしさ”から脱却し、進化を続けてきていること、そして本作もその過程であることがわかった。

進化するボンド

ジェームス・ボンドは進化する。

これをきちんと把握するためにはボンドの歴史から行く必要がある。

まず、007といえば基本路線はどの時代も容姿端麗、戦闘術・銃器術に長けた男の魅力あふれる男性である。だが、時にはいきすぎたマッチョイズムからの女性蔑視、差別的表現の歴史があった。タブーを犯すことは男性的な強さを象徴し、男が主導権を握っていることを表現したと考えられる。


前回の転機は、このような歴史を前任ボンドにあたるピアース・ブロスナンのデビュー作”ゴールデン・アイ”だ。ストーリーと登場人物を簡単に抜粋すると、女帝風のMを上司を持つ甘いマスクで軟派なジェームス・ボンドが、ダークサイドに堕ちた006、猟奇的なゼニア・オナトップ(相手を腹上死させるシーンも出てくる!)と対峙し、初対面でも遠慮のない無鉄砲な一般人ナターリアと恋仲に落ちる、というもの。

当時はセンセーショナルだったものに違いない。今までは下に見ていた女性の存在が大きくなり、007も大いに振り回されるのだからゴールデン・アイは一つの転換点であったに違いない。

だがそこから”ピアース”ボンドは徐々に勢いを失っていく。SF感のあるトンデモ武器、ユーモラスだが軽妙すぎるボンドはリアルな世界観から離れ我々の実感を削いだ。

そこでデビューしたのがダニエル・クレイグである。前任のボンドのイメージを一蹴し、鋭い目つきで筋肉隆々、硬派だが要所要所で痛快なジョークを飛ばせる新しいボンドを演じた。

本作のボンド

本作はそのスペクターまでのジェームス・ボンドからさらに変わった。本作では彼は因縁のブロフェルドに口を割るよう優しく諭したり、妻と子供を守るために敵に頭を下げている。

ここで従来の007ファンは違和感を感じたはずだ、今までのボンドには敵に対する笑顔や、相手への謝罪はなかった。隠居の後とはいえ強さ、鋭さを特徴とするボンドのイメージを損なう行動である。多くのファンの憧れとなるような姿ではなかった。

だがこれのヒントになる言葉がある。

”ジェントルマンには可塑性がある”だ。(ダンディズムの系譜 中野香織著)

作品中で従来の任務最優先の姿から脱却し、女性と子供を守る姿に変化している。身を守るために周りを切り捨てる冷酷なイメージは今の時代に合わず、それより妻と子供のためにプライドも何もかもを捨てれる大切な人間を守ることができる男が今の時代に適合するのでは。と。

作中においても説得に失敗した後ブロフェルドを殺そうとしたり、謝る最中にサフィンを出し抜こうとするあたりは本質は変わっていないことを表現している。

また、同著ではダンヒルのイメージディレクターであるヤン・ドゥヴェル・ド・モントビィ氏の言葉も紹介している。新しい紳士の定義についてである。

”ニュー・ブリティッシュ・ジェントルマンの資質は「女性の扱いが丁寧で、寛容でなくてはならない。優しいけれど志操堅固、決然としていてユーモアのセンスも交えているのが本物のジェントルマンだ。」”

ここから読み解きたいのは従来のジェントルマン像に”女性への優しさ”が追加・強調されている点だ。今までのジェントルマンの芯は変わらないが、優しさを備える存在であるべきだ。との声が聞こえてきそうだ。

ジェームス・ボンドも本質は変わらないがしなやかに変わった。我々ファンも007を愛する心を変えず、楽しみ方を変える必要があるのかもしれない。全世界が注目する一大コンテンツになった以上、新しいファンを獲得する必要がある。次回作のため、新しいファンのため”立つ鳥跡を濁さず”で次回に繋げた変革の007であった。



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余談①

前作スペクター後、ダニエル・クレイグは撮影のあまりのハードさに物議を醸す結果となる発言してしまうこともあって実は最後かもなと思っていたが今作も007を勤め上げた。ちなみに敵役となるデイヴ・バウティスタもこんなことを言っている。どんだけ辛いんだ。



余談②

ちなみに日本人だとちょっと前のボンドガールの名前の異常さがよく分からないので書いておく。

ゴールドフィンガーのプッシー・ガロアは”おニャン子ちゃんたちいっぱい”、ゴールデン・アイの猟奇的な敵役ゼニア・オナトップは”次はあなたが上になって(最中の話)”、同僚のマネーペニーは”金を支給する女”という意味だになろうかと思う。

今作だと、マドレーヌ・スワンがちょっとなんだかすごいが由来を調べる両方ともそれなりにある名前らしくそこまで不自然でもないことが分かった。例えるなら白鳥麗次みたいな感じかと。


余談③

製作陣について書きたい。

今作の撮影監督は「ラ・ラ・ランド」でアカデミー賞を受賞したリヌス・サンドグレン。調べてみると過去2作品はどちらもすごい。

スカイフォールは「ブレードランナー2049」「1917」で見事なカメラワークを見せ、2度のアカデミー撮影賞に輝いた”サー”・ロジャー・ディーキンス。

スペクターは人気絶頂クリストファー・ノーランも重用するIMAX男ホイテ・ヴァン・ホイテマ。

スペクターの序盤の長回しこそ「1917」風だが「スペクター」が先!なんとも不思議な感覚。

そしてそのロジャー・ディーキンスはファンからの質問に答えてくれるらしい!



余談④

日本最大のIMAXを有する池袋サンシャインシネマの最前列で鑑賞しあまりのデカさに面食らったのだが下はまだ余裕があった。どんだけでかいんだと思い知らされた。


参考


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