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宇宙光通信の展望:Chapter 3 「宇宙光通信の歴史と今後の展望」


宇宙光通信の技術開発の始まり

宇宙光通信は、1960年代から米国・欧州・日本を中心に研究開発が進められてきました。

1965年、アメリカで世界初の宇宙光通信の技術開発として深宇宙通信を目的とした光通信のシステム開発が開始され、1975年には衛星間通信システムを完成しました(宇宙実験は未実施)。欧州においても、1979年に欧州宇宙機関(ESA)が静止衛星間通信を目的としたCO2レーザ通信の研究を開始しました。2001年には、世界初の衛星間光通信として、フランスの地球観測衛星SPOT-4と、ESAの静止通信実験衛星ARTEMISとの間での光通信に成功しています。日本でも宇宙光通信の技術開発は積極的に進められてきました。1994年には、通信総合研究所(現NICT:情報通信研究機構)と宇宙開発事業団(現JAXA)が開発した技術試験衛星きく6号(ETS-6)に搭載されたレーザー装置(LCE:Laser Communication Equipment)を用いて、世界初の衛星-地上間光通信に成功しました。また、2005年には、世界初の異なる機関間での衛星間光通信として、JAXAの光衛星間通信実験衛星きらり(OICETS)とARTEMISとの間での通信に成功しています。

技術開発の遅れ

2000年代中盤から2010年代中盤にかけて、光通信の実用化には遅れが見られました。この遅れの要因にはいくつかの要因が絡んでいます。
 
光通信の需要:要因の一つは、当時の光通信の需要が現在ほど大きくなかったことです。2000年代に入ると光ディスクや半導体メモリが使用され始め、記憶媒体の大容量化が進んできていたものの、当時の衛星データの通信容量はまだ従来の電波通信の通信速度や容量で十分に送受信が可能な程度のものでありました。

技術的な課題:また、光通信の技術自体にまだ多く課題が残っていたのも実用化が遅れた理由の一つです。光通信は大気の揺らぎや水蒸気に弱い特性を持っています。特に地上局との間に雲や霧があると光が遮断される可能性が高かったので、静止衛星を使わず可視時間の短い低軌道衛星と地上間でダイレクトに大容量で信頼性の高い通信リンクとして成立させるには多くの技術的な課題が存在しました。

技術開発の再加速

しかし、2010年代中盤以降から現在にかけては、光通信の技術開発が再び加速しています。これにはいくつかの要因が寄与しています。
 
需要の拡大:一つ目は、宇宙光通信の需要の拡大です。観測データ量の増加や大規模な衛星コンステレーションの発展により、大容量の通信リンクの重要性が増しています。特に、衛星からのデータ送信が増えるにつれ、高速かつ信頼性の高い通信手段が必要とされています。

技術の進歩:二つ目は、光通信に使用される装置、特に、レーザーの送受信装置、光変調器等が小型化・軽量化されました。これらの装置は以前は大型で重かったため、打ち上げコストが高く、小型衛星に搭載することも困難でありました。しかし、これらの装置の小型化・軽量化により宇宙機のペイロード容量を節約し、打ち上げコストを低減できるようになりました。また、小型衛星にも搭載しやすくなったことにより、複数の衛星と地上局に多数の通信リンクを張ることで、雲や霧の影響を受けにくくなる衛星光通信ネットワーク技術の実現性が更に高まっています。
 
米国では近年、防衛機能強化を目的に光通信の実用化に向けたフィージビリティスタディ(実現可能性の調査・検討)が加速しています。米国防総省(DOD)は2019年に宇宙開発局(SDA:Space Development Agency)を設立しました。SDAが指揮する宇宙関連プロジェクトの一つは、衛星コンステレーションによる国家防衛宇宙体系構想(PWSA:Proliferated Warfighter Space Architecture)の構築です。2022年には、NDSA向けに光衛星通信を搭載すべく、既に米国のロッキードマーチン(Lockheed Martin)、ヨーク・スペースシステムズ(York Space systems)及びノースロップ・グラマン(Northrop Grumman Strategic Space)の3社に衛星開発を発注しています。

その目的は極超音速兵器の探知・追尾です。極超音速兵器は、静止軌道にあるこれまでの早期警戒衛星では距離が遠いために正確に軌道を追跡できません。SDAは低軌道を周回する衛星コンステレーションでこれを探知・追尾し、その情報を即座に地上に送ることを目指しており、このリアルタイム通信の手段として光衛星通信の利用を試みています。
 
欧州においては、欧州委員会(EC、European Committee)が 2022 年 に欧州連合(EU、European Union)独自の衛星通信ネットワークの構築計画を策定する規則案を提出しました。この計画では、2023 年から開発を始め、2025 年までに通信サービスの一部提供を開始するとともに、量子暗号技術の軌道上試験を実施、2028 年までに量子暗号技術を含む全ての通信サービスの提供を目指しており、エアバス(Airbus)がコンソーシアムを率い、タレス・アレーニア・スペース(Thales Alenia Space)、アリアンスペース(Arianespace)等が参画する予定です。
 
日本においても、地球規模の衛星光通信ネットワークシステムを構築するための技術開発に注力しています。2022年、経済産業省は「経済安全保障重要技術育成プログラム」における「光通信等の衛星コンステレーション基盤技術の開発・実証」に関する研究開発構想を提出しました。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は本事業に対する公募を行い、4社(Space Compass、NICT、アクセルスペース、NEC)が採択されました。
 
このように、各国では国家安全保障や通信インフラの向上を目指す重要なプロジェクトとして衛星光通信ネットワークは推進されています。これにより、宇宙光通信技術の研究と実用化が急速に進展していくことが予想されます。

©WARPSPACE

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