【めめも】ふぁんてぃチョーカー173

ふぁんてぃチョーカー173は、夢に住む人で、背の高い小学一年生で、愛知県出身の男性で、眼鏡をかけたインテリで、ポエトリーリーディングの天才である。

一度だけ彼に会ったことがある。
私が出勤と間違えて小学校に登校したことに気付き、帰ろうとしていた時だった。

高校生のような体格の小学六年生の教室から出て、階段を下る。下るごとに学年が下がっていく。
一階に降りると、遠くから一年生の幼い笑い声が聞こえた。
教室から覗く〔以下二字判読不可〕の顔や、畳んで壁にたてかけてある段ボールをおしのけ、玄関口に向かった。

ふぁんてぃチョーカー173は、他の32人のクラスメイトと一緒に廊下の端に立っていた。
彼は他の児童より頭一つ抜けて背が高く、身を隠すように背を丸めた姿勢がかえって目立っていた。

児童の群れに歩み寄り、君たちはなぜそんなところに立っているのか、と訊くと、どうやら彼らの担任教師が教室を開けておくのをわすれたらしい。
小柄で丸い目をした児童が担任教師についての罪のない冗談を言って、てらいのない笑い声が広がった。

笑うクラスメイトをぼんやり眺めていたふぁんてぃチョーカー173は、急に私の方を向いてにやりと笑うと、「完治〔以下三字判読不可〕の話」と言った。
その言葉に私は聞き覚えがあった。

児童の、合計63個の目が一斉に彼を見た。先程まで背を丸めていた演者は今や誰よりも堂々としていた。

彼はそこから三分間、2000字/分の高速叙事詩を淀みなく紡いだ。
残念ながら所属時間軸が違う私にはその言葉を書き留めることも覚えることもできなかったが、鎖状に連なる言葉の粒には、巨大な噴水の飛沫が水面を打つ音のような心地よさがあった。
32人のオーディエンスは大盛り上がりで、途中鍵をもった担任が汗だくで走って来たのにも誰一人気づかなかった。

世紀のポエトリーリーディングが終わり、むやみやたらに打ち鳴らされる拍手の中で、私は静かにその場を離れた。
去り際にふぁんてぃチョーカー173に手を振ると、彼はにこにこしながら振り返してくれた。


ところで、そろそろもう一度彼に会いたいのだが、そのためにはもう一度小学校に登校しなくてはならない。
夢とはいえ、故意に誤った場所に登校するのはさすがに犯罪にあたるだろうし、さて、どうしたものだろうか。

追記:
「ふぁんてぃチョーカー173」の由来は、
彼の精神状態である「ふあんてい」+彼の姉いわくかっこいい単語であるらしい「チョーカー」+なんとなく「173」
であるというのは、さる筋からの情報でもなんでもなく私の起き抜けの思い付きである。

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