葬斂者 つま先立ちから歩みにて

 魂の重さは大銅貨三枚分。
 落屑した皮膚や、抜け落ちた髪を掻き集めれば、達しえぬ数字ではない。

「『彼女』は真の強者だった」

 おり敷いた騎士がいう。血に錆び、打擲され歪んだ板金鎧。兜には刺剣に突かれた孔が穿たれている。腰に下げた龕灯カンテラの青白い光に照らされ、面具に顔が浮かぶ。
 鼻も頬肉も削げた髑髏があった。

「『彼女』は戦場に死に場所を求め、しかし強者だった故に渇望した死をついぞ手に入れられなかった」

 黒衣の青年は黙りこくり騎士の声を聞く。

「『彼女』が剣を振るえば筋肉のうねりは翻る戦旗のようであり、刃が敵の骨を軋ませるさまは鳴り響く進軍喇叭を思わせ、殺戮にあげる猿叫は獣の哀切に満ち満ち、すでに斃れた者どもに否応なく戦場への郷愁を呼び起こす」

 騎士が虚ろに見やる。

「『彼女』に焦がれ、起き上がった死人が我だ。葬列レギオンのひとりよ」

 青年は剣の柄を把持する。刃が折れたダンビラだ。
 光が揺れる。『彼女』の破片を燃料にする、龕灯の凍える輝きが。

 龕灯の騎士、そう呼ばれる亡者どもが持つ灯りだった。

「我の燃料は『彼女』の皮を喰んだ蛆から採取したにすぎぬ。亡者はただ灯りのみが慰めなのだ」

 鎧がぎしりと鳴った。騎士が立ち上がる。

「何故に我からささやかな灯りを奪う」
「俺は戦場に産み捨てられた。母の甘やかな乳を舐めたこともなく、温かな腕に抱かれたこともなく、名を呼ばれたことすらもない」

 青年は答え、ダンビラをかまえた。
 この剣は、母が打ち棄てたものだ。道行きについていけず、旅路のなかばにしてへし折れた。ついぞ叶わなかった死とともに。

 いまでも死への願いは刃にまとわりついている。だから、二度は死なぬ亡者を完膚なきまでに滅ぼせるのだ。

 魂の重さは大銅貨三枚分。
 燃えさしであれ、皮膚や髪を掻き集めれば、いつかその重さに届くだろう。

「だが母には相違ない。俺は母の魂を、葬ってやりたいんだ」

【続く】

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