シカ野 ¥、。(えんてんまる)

小説とイラストと漫画と詞

シカ野 ¥、。(えんてんまる)

小説とイラストと漫画と詞

最近の記事

雪ぐ

 毎日同じ時間に同じ歩幅で家路を急いでいる。この二十年の間、理由は変われど、私は私の生活を守るため、ずっとそうしてきた。冬は日没時間が早くなるので、他の季節とは違い、電柱にはすでに街灯が灯っている。先日、数十年ぶりにまとまった降雪があったため、各所の対応も例年になく鋭敏になっているらしく、ほんの僅かに雪が舞った程度でも融雪装置が競い合うように道路を過剰な放水で浸していく。設備が微妙に違うのか場所によって融雪装置の水の出には差があるのだけれど、この道路のそれは勢いが群を抜いてよ

    • 落人

       その男に特別目を引くなにかがあったわけではなかった。中年らしく中肉中背で、体に本来よりも一回りだけ余分な脂肪を蓄えているようには見えたものの、サングラスやバンダナをしていたわけでも髭を蓄えているわけでもなかった。ただ、強いてあげるなら、知らない街を歩く様子であるにも関わらず、街中のメーカー特化型の電器屋にふらりと入っていったこと、さらに見ていると突然一人暮らし用の冷蔵庫と旧式の大型扇風機を抱え、電器屋の軽トラックを運転し始めたことに不穏ななにかを察知し、俺はそのままその男が

      • 悲しんでいるあなたを愛する

         梅雨に入ってからも雨の降らない日が続いていた。燃えるような朱色の夕陽が遠く西の空に沈む間際、人を殺めた僕の中に宿っていた醜い感情を浄化するかのような強い光線を放っている。殺人を犯したかったわけじゃない。僕はただ、彩音を守りたかっただけだ。そのためには、僕自身が悪魔になることにこれっぽっちのためらいもなかった。  橋の上を車のライトが時折駆け抜けていく。その行方を後ろ向きに見守りながら、昼間の熱が抜けて涼しくなった川沿いのぬかるんだ昇り道を、足を取られないように用心しながら歩

        • 胸を揉む

           寝ぼけ眼で煙草に火をつけてカメラを構え、紫煙に眉をしかめつつ、隣で額にも頬にも胸元にも濃度の高い汗を大樹から染み出す蜜のように掻き、いよいよ日本も東南アジア諸国の一部に仲間入りしてしまったと思わせるような袖も襟もないひざ下までの色彩鮮やかなワンピース姿で眠りを貪っている凪咲の写真を撮影する。凪咲の筋肉の少ない柔らかな身体は、もうすぐ世界が終わることを十分に予感させる強烈な西日の差し込みを受けて、現像した時にかえって露骨すぎると指摘されてしまいそうなほど美しい陰影を、シャッタ