魔女と輝月糖【語り】
いしもともり
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世界一の魔女がいた
勉強なんてしたことがない
生まれた時から
強い魔力 美貌 センスを持ち合わせ
どんな魔法もチョチョイとこなせた
世界中の権力者や大富豪が
魔女を崇め 賞賛し
大金を積んで こぞって 跪ひざまずいた
魔女は人が望む願いを
なんでも魔法で解決した
魔女にとって
魔法はなんでもないことだった
毎日 たんたんと 魔法を使った
魔法を使うと
勝手に感謝される
勝手にお金が入る
煌びやかな宝石も
豪華な食事も
立派なお城も
世界に一つしかない珍しいものも
何でも手に入った
何でもできた
やがて
欲しいものも
食べたいものも
やりたいことも
なくなった
いいえ 最初から
欲しいものも
叶えたいことも
やりたいことも
なかった
魔女は生まれてこのかた
笑ったことも
泣いたことも
怒ったことも
なかった
ある日 突然
魔女は魔法が使えなくなった
世界中から集まった人たちは 口々に叫んだ
「いくらでも出すから魔法で何とかしてくれよ。金が欲しいんだろう?」
「使えないフリをしているだけなんだろう?」
「何で助けてくれないんだよ!」
「この役立たず! 裏切り者!」
「魔法が使えない魔女なんて意味がない!」
「前から気に入らなかったんだよ! 無表情で気持ち悪い!」
「魔女狩りだ! 死んじまえ!」
勝手に寄ってきた人たちは
勝手なことを言って
勝手に怒って
勝手に去っていった
魔女は人里離れた山奥に
小さな小屋を建てて
生きる意味も分からず
ひっそりと暮らし始めた
そんなある日
一人の青年が訪ねてきた
「あぁ、やっと見つけた! あの、お願いがあるんです」
魔女はビクビクしながら、言葉をしぼり出した
「わたしは、もう魔法は使えません。存在価値のない ただの人間なんです……」
青年はびっくりした顔をした後 穏やかな声でこう言った
「僕はずっとあなたを探し求めて 何日も旅をしてここへやってきました」
「ごめんなさい。でも何もできないんです……」
青年は首を横に振った。
「僕の願いは あなたにこのお菓子を食べてもらうことです」
そういって 月の形をした 光に透かすと キラキラ輝く
お菓子を手渡した。
「輝月糖きげつとうというお菓子です。食べていただけますか?」
魔女は輝月糖をおそるおそる口に入れた
噛むとシャリッと音がして
中からとろりと爽やかな蜜があふれ出てきたかと思うと
最後はパチパチと弾けた
魔女はビックリするやら
美味しいやら
感動するやらで
うまく気持ちの整理ができなかった
「どうです……?」
心配そうな顔の青年を見ると
心が和やわらいだ
「ふふふっ。とっても不思議なお菓子ね。まるで魔法みたい。私が今まで食べた中で一番のお菓子だわ」
それはこれまで世界中のあらゆるものを食しょくしてきた魔女の本音だった
「よっっしゃあぁぁぁーー!」
青年は両腕を高々と上げ、全身で喜びを表した
***
それはまだ青年が少年だった頃の話ーーーー
少年は生まれつき 右腕がありませんでした
代々続く菓子職人の跡取りとして生まれた彼に
片腕しかないことは致命傷でした
家族は彼に期待をしませんでした
腕がない事で気味悪がられ いじめられました
それでも彼は菓子職人になることを諦めませんでした
開発途中で亡くなった祖父の『幻の菓子』を自分が完成させるんだと
来る日も来る日も研究しました
お金も物も人も何もなかったけれど
少年は持っているわずかなモノもなげうって 開発に捧げました
でも限界がありました
片腕だとどうしてもうまく菓子が作れなかったのです
祖父が残した未完成の菓子サンプルが残り一つとなった時
少年はついに夢を諦めようとしていました
そんな時 偶然 少年と魔女は出会ったのです
魔女は少年の腕に魔法をかけました
魔女にとっては何てこともない気まぐれでした
腕のない少年を不憫に思い 魔法をかけただけでした
両腕が動くようになったことが信じられない少年は
ぼんやりと右腕を見つめていましたが
右手を開いたり閉じたり 右腕をぐるぐると回したりしたかと思うと
歓喜に満ちた雄たけびをあげました
魔女がビックリして見ていると
今度は少年が真っ青な顔で魔女に向き直りました
「魔女さん、僕の腕をありがとう。……でも僕はお金もないし、何も持っていないんだ。あなたに何も払えない……どうしたら……」
「何もいらないわ」
魔女が立ち去ろうとした時
少年は最後の菓子サンプルを魔女に渡した
「これ 今の僕に一番大事なものなんだ。食べてくれないかな」
魔女は言われるがままに食べた
「悪くないわね」
「これはまだ未完成なんだ。僕はこの腕で 世界で一番の菓子を完成させてみせる。完成したら真っ先にあなたに食べてほしい。――あなたの名前は?」
***
魔女は 少年のことも約束も とっくに忘れていた
青年になった少年は ついに幻の菓子を完成させ
魔女に食べてもらうため 少ない情報を頼りに
遠路はるばるやってきたのだ
「あなたのおかげで 僕は祖父の夢も 自分の悲願も達成することができた。あなたには感謝してもしきれません」
そういって、頭を深々と下げた
「このお菓子はあなた無しには存在しなかった。だからあなたの名前を頂いたんです。輝く月の糖。あなたの名前 ”ルナ(月)” を」
それを聞くと 魔女は はらはらと涙を流した
***
『——あなたの名前は?』
『名前? そんなこと聞いてどうするの? これまで誰にも聞かれたことがないわ。みんな 私をこう呼ぶ。”faceless witch 《顔のないの魔女》”と』
『でも……名前はあるでしょう? 教えてよ』
『名前は……ルナよ』
***
魔女は 無感情でも 無表情でもなかった
感情を表す暇がない程に 魔法を使っていた
心を開示する間がないほどに ぎっちりと
気持ちを吐露する相手もできないほどに ぎっちりと
自分が何者なのかも どんな感情を抱いているのかも
何がしたいのかも 何がほしいのかも
わからずに生きてきた
『faceless 顔がない』わけではない
失っていたのだ
******
『輝月糖』
それは世界一のお菓子
世界中の人がこぞって欲しがるお菓子
どんなにお金を積んでも 心が貧しい人は食べられない
食べようとすると消えてなくなる
魔女が魔法をかけた少年の腕で作った
不思議な世界一のお菓子
あなたは食べることができるかしら?
今日も小さな山小屋で
ロッキングチェアに揺られながら
世界一だった魔女が
世界一のお菓子を
微笑みながら 食べている
【おわり】
勉強なんてしたことがない
生まれた時から
強い魔力 美貌 センスを持ち合わせ
どんな魔法もチョチョイとこなせた
世界中の権力者や大富豪が
魔女を崇め 賞賛し
大金を積んで こぞって 跪ひざまずいた
魔女は人が望む願いを
なんでも魔法で解決した
魔女にとって
魔法はなんでもないことだった
毎日 たんたんと 魔法を使った
魔法を使うと
勝手に感謝される
勝手にお金が入る
煌びやかな宝石も
豪華な食事も
立派なお城も
世界に一つしかない珍しいものも
何でも手に入った
何でもできた
やがて
欲しいものも
食べたいものも
やりたいことも
なくなった
いいえ 最初から
欲しいものも
叶えたいことも
やりたいことも
なかった
魔女は生まれてこのかた
笑ったことも
泣いたことも
怒ったことも
なかった
ある日 突然
魔女は魔法が使えなくなった
世界中から集まった人たちは 口々に叫んだ
「いくらでも出すから魔法で何とかしてくれよ。金が欲しいんだろう?」
「使えないフリをしているだけなんだろう?」
「何で助けてくれないんだよ!」
「この役立たず! 裏切り者!」
「魔法が使えない魔女なんて意味がない!」
「前から気に入らなかったんだよ! 無表情で気持ち悪い!」
「魔女狩りだ! 死んじまえ!」
勝手に寄ってきた人たちは
勝手なことを言って
勝手に怒って
勝手に去っていった
魔女は人里離れた山奥に
小さな小屋を建てて
生きる意味も分からず
ひっそりと暮らし始めた
そんなある日
一人の青年が訪ねてきた
「あぁ、やっと見つけた! あの、お願いがあるんです」
魔女はビクビクしながら、言葉をしぼり出した
「わたしは、もう魔法は使えません。存在価値のない ただの人間なんです……」
青年はびっくりした顔をした後 穏やかな声でこう言った
「僕はずっとあなたを探し求めて 何日も旅をしてここへやってきました」
「ごめんなさい。でも何もできないんです……」
青年は首を横に振った。
「僕の願いは あなたにこのお菓子を食べてもらうことです」
そういって 月の形をした 光に透かすと キラキラ輝く
お菓子を手渡した。
「輝月糖きげつとうというお菓子です。食べていただけますか?」
魔女は輝月糖をおそるおそる口に入れた
噛むとシャリッと音がして
中からとろりと爽やかな蜜があふれ出てきたかと思うと
最後はパチパチと弾けた
魔女はビックリするやら
美味しいやら
感動するやらで
うまく気持ちの整理ができなかった
「どうです……?」
心配そうな顔の青年を見ると
心が和やわらいだ
「ふふふっ。とっても不思議なお菓子ね。まるで魔法みたい。私が今まで食べた中で一番のお菓子だわ」
それはこれまで世界中のあらゆるものを食しょくしてきた魔女の本音だった
「よっっしゃあぁぁぁーー!」
青年は両腕を高々と上げ、全身で喜びを表した
***
それはまだ青年が少年だった頃の話ーーーー
少年は生まれつき 右腕がありませんでした
代々続く菓子職人の跡取りとして生まれた彼に
片腕しかないことは致命傷でした
家族は彼に期待をしませんでした
腕がない事で気味悪がられ いじめられました
それでも彼は菓子職人になることを諦めませんでした
開発途中で亡くなった祖父の『幻の菓子』を自分が完成させるんだと
来る日も来る日も研究しました
お金も物も人も何もなかったけれど
少年は持っているわずかなモノもなげうって 開発に捧げました
でも限界がありました
片腕だとどうしてもうまく菓子が作れなかったのです
祖父が残した未完成の菓子サンプルが残り一つとなった時
少年はついに夢を諦めようとしていました
そんな時 偶然 少年と魔女は出会ったのです
魔女は少年の腕に魔法をかけました
魔女にとっては何てこともない気まぐれでした
腕のない少年を不憫に思い 魔法をかけただけでした
両腕が動くようになったことが信じられない少年は
ぼんやりと右腕を見つめていましたが
右手を開いたり閉じたり 右腕をぐるぐると回したりしたかと思うと
歓喜に満ちた雄たけびをあげました
魔女がビックリして見ていると
今度は少年が真っ青な顔で魔女に向き直りました
「魔女さん、僕の腕をありがとう。……でも僕はお金もないし、何も持っていないんだ。あなたに何も払えない……どうしたら……」
「何もいらないわ」
魔女が立ち去ろうとした時
少年は最後の菓子サンプルを魔女に渡した
「これ 今の僕に一番大事なものなんだ。食べてくれないかな」
魔女は言われるがままに食べた
「悪くないわね」
「これはまだ未完成なんだ。僕はこの腕で 世界で一番の菓子を完成させてみせる。完成したら真っ先にあなたに食べてほしい。――あなたの名前は?」
***
魔女は 少年のことも約束も とっくに忘れていた
青年になった少年は ついに幻の菓子を完成させ
魔女に食べてもらうため 少ない情報を頼りに
遠路はるばるやってきたのだ
「あなたのおかげで 僕は祖父の夢も 自分の悲願も達成することができた。あなたには感謝してもしきれません」
そういって、頭を深々と下げた
「このお菓子はあなた無しには存在しなかった。だからあなたの名前を頂いたんです。輝く月の糖。あなたの名前 ”ルナ(月)” を」
それを聞くと 魔女は はらはらと涙を流した
***
『——あなたの名前は?』
『名前? そんなこと聞いてどうするの? これまで誰にも聞かれたことがないわ。みんな 私をこう呼ぶ。”faceless witch 《顔のないの魔女》”と』
『でも……名前はあるでしょう? 教えてよ』
『名前は……ルナよ』
***
魔女は 無感情でも 無表情でもなかった
感情を表す暇がない程に 魔法を使っていた
心を開示する間がないほどに ぎっちりと
気持ちを吐露する相手もできないほどに ぎっちりと
自分が何者なのかも どんな感情を抱いているのかも
何がしたいのかも 何がほしいのかも
わからずに生きてきた
『faceless 顔がない』わけではない
失っていたのだ
******
『輝月糖』
それは世界一のお菓子
世界中の人がこぞって欲しがるお菓子
どんなにお金を積んでも 心が貧しい人は食べられない
食べようとすると消えてなくなる
魔女が魔法をかけた少年の腕で作った
不思議な世界一のお菓子
あなたは食べることができるかしら?
今日も小さな山小屋で
ロッキングチェアに揺られながら
世界一だった魔女が
世界一のお菓子を
微笑みながら 食べている
【おわり】
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