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『ヴァージン・スーサイズ』は、私の青春。

人生でたった一度だけ、学校の授業を抜け出して映画を観に行ったことがある。
一人でこっそり電車に乗って、45分。渋谷まで。
大学生活が始まって3か月ほど過ぎたころだったが、私はちっとも学校になじめなかった。
だから、というわけではないけれど、大教室の隅っこで一人ぼーっとしている自分を置き去りにして、別の世界に行こうと思ったのだ。

高校生のように制服を着ているわけではないので、平日の真昼間、どこをほっつき歩いていようと、誰にも咎められることはない。
それなのに「学校をサボっている」という意識は私を委縮させ、しかし同時に破裂しそうなほど高揚感で膨張していた。
背徳の味、ってやつかもしれない。

あの日観た映画が、
『ヴァージン・スーサイズ』(1999年公開)。
ソフィア・コッポラが初めて監督した作品だ。

ネットが今のように普及していなかった時代、情報を得る手段はおもにテレビであった。
それも、何月何日何時ごろ、こういう番組がある、と目星をつけて見るのではなく、BGMとして常に流しておいて、時々気になる情報があると必死にメモをとる・・・といった、運まかせで、一期一会な、まどろっこしい情報ツールであった。

『ヴァージン・スーサイズ』を知ったのも、夜中の映画の途中でたまたま流れたCMで、だった。

楡の木の枝に寝そべった女の子が、物憂げな、けれどものすごく生意気そうな顔で、こちらを見下ろしている。

同じ女の子が、思案顔で日記を書いている。
ユニコーンやピンクの雲、そこから伸びる虹、ハートにくまちゃん。
可愛らしい丸文字で埋め尽くされた日記。

彼女は五人姉妹(全員めっちゃ美人)の末っ子で、日記は姉たちについて、夢見がちに、でも時々辛辣に綴っている。

おとぎ話みたいに美しい、五人の女の子たち。
草むらで戯れている彼女たちの姿に、末っ子の日記の文字が重なって、やがて見えなくなる。

70年代アメリカのヒットソングをバックに、映画のタイトルが表示され、CMは終わる。

映像といい、女の子たちの格好といい、音楽といい、もう一瞬でトリコになった。なんて、なんてカワイイんだろう!!!
私はベッドから飛び起きて、手近にあった紙に走り書きした。
『ヴァージン・スーサイズ』、渋谷、シネマライズ。

今だったら、スマホでサクッと調べられるだろうけど、当時はガラケー、しかもモノクロの時代だ。
たった3つのキーワードから、私がなんとか導きだせたのは、渋谷にあるシネマライズというミニシネマ(当時は単館系といった)でしか上映されていない作品である、ということだけだった。

渋谷・・・。

田舎者の自分にとって、渋谷はあまりにも遠かった。
精神的に。

それで、仕方なしに地元のレコード屋でサントラを買った。
(少なくとも500回は聴いたと思う)
CMで気になったシーンをノートに描いて、勝手にストーリーを創り上げたりもした。
(そのCMだって、いつどこで流れるかなんて分からなかったから、常に集中してテレビを見ているしかなかったのだ)

簡単に情報が手に入らなかったからこそ、焦がれて焦がれて。
まだ観ぬ一本の映画を、一か月間、心血を注いで想い続けたのだ。

先日、ユニクロで『ヴァージン・スーサイズ』のワンシーンがプリントされたTシャツを見た。
その瞬間、『ヴァージン・スーサイズ』をめぐる日々が一気に蘇ってきて、懐かしさと、気恥ずかしさと、愛おしさとで身体が浮くように感じた。

そこにプリントされている彼女たちは、私の青春だった。
映画を観る前から恋に落ち、観た後もずっと5人は私のアイドルだった。
末っ子セシリアが、最初の自殺が未遂に終わって精神科のドクターに毒づくセリフ、
「だって先生は13歳の女の子じゃないでしょ?」
を、しばらく真似していたことも懐かしいし、恥ずかしい。

でも、なによりも懐かしかったのは、その映画を観に行くまでの私の悶々とした日々のこと。今だったらあんなに一生懸命にならなくたって、すぐに欲しいものが手に入る。渋谷だろうと、外国の都市だろうと、スマホひとつでどんな街だか手に取るようにわかる。
それはそれで素晴らしいことだ。そのおかげで私は今、どこにでも行ける。

でも、たった一つの情報を得るために右往左往して、どんくさくて、見知らぬ都市にビクビクして、あたふたしている18歳の自分が、なんだか眩しく感じられるのは何故なんだろう。
もし、今みたいにスマートにサクッと観に行くことができていたら、『ヴァージン・スーサイズ』は20年過ぎた今でも胸をときめかせるような映画になっていなかったかもしれない。

タイパ、なんて言葉が流行っているみたいだけれど、長いスパンで考えると時間をかけてようやく手に入れたもののほうが、心に留まる時間も長くてお得であるような気がしてしまうのだが、それはやっぱり私が年を取ったからかもしれないな。


ちなみに、『ヴァージン・スーサイズ』の原作も素晴らしいので、興味のあるかたは是非。著者はのちにピュリッツァー賞を受賞した実力派。


美しい五人姉妹に憧れる、さえない少年の目で描かれるノスタルジックな物語。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。 新しい本との出会いのきっかけになれればいいな。