母への手紙「蒼鷺」を綴る3 〜怒涛の11日間(前篇)〜

5月6日(金)に鈴木何某の3rdSingleとなる「蒼鷺」のMVがYouTubeで公開された。是非、一度ご覧頂きたい。

作詞・作曲・演奏・ミックス・マスタリング:鈴木何某
MV撮影:森田剛一(森田寫眞館)
MV映像編集:鈴木何某
プロデュース・マネージメント:近藤渉

今から綴るのは歌詞の仮決定がされてからMV公開までの話。その時期にしては蒸し暑く、雨の降る4月26日まで時間を巻き戻すことにする。

4月26日(火) MVリリースまで残り10日

歌詞が完成した翌日、にチームメンバーに歌詞を送った。チームメンバーというのは、既出の近藤氏と、高校生の頃組んでいたバンドのベーシストであり現在は公認会計士として働く鎌田氏の2名だ。鎌田氏は「MONSTER」から参加してもらっている初期メンバーで、これからの活動指針を決める際や売上管理、NFTについても会計士としての目線で様々な助言をしてもらっている。

「完成前の制作物を関係者に確認してもらう必要があるか否か」は、正直、毎回悩んでいる。「こうしたほうが良い」という意見をもらったからといって、制作者としてそれを簡単に受け入れて良いのだろうかという気持ちになることや、「それは違う」と突っぱねることで、数十年かけて築いてきた関係性を犠牲にする程の、とてつもない熱量が本当にそこにあるのか試されているような気分になるからだ。

しかし、今回迷いなくチームに歌詞を共有したのは、作詞中にたまたまYouTubeで「SONGSスペシャル Mr,Children"静かな闘い" 足音 〜Be Strongが出来るまで」を見て影響を受けたことに他ならない。

意見がもらえる、助言してもらえることを前提に、作品は作らないこと。その上で出来上がった作品を聴いてもらい、もらった多角的な意見を真摯に受け入れ、軸や方向性を加味した上で自分の気持ちと天秤にかけること。

チームメンバーだって感想を言う前に「これ言ってしまっていいのかな、不機嫌になるかな」という考えが頭をチラつくだろう、その上で言葉にしてもらえることにまずもって感謝しなければならない。そして、その意見は、いずれも「良くするため」「相手にもっと伝わるように」であることを忘れてはならない。やり方も生きているフィールドは違くとも、見ている方向は同じだから。

歌詞の修正は1点。大サビ前の語りかけるように歌う箇所。元は「週末、出掛けて鳥を見ること。」だったが、唐突に「鳥」が出てきて文脈的に違和感があるということで「あなたの好きなあの鳥のさえずりを聞くこと。」に変更になった。文章の長さ的に入りきらずどうしたものかと考えていたが、奇跡的に前のフレーズ「僕が幸せであることなんだろう」の後が空いており、そこに「あなたの好きな」を入れ込む形となり、最終の完成形となった。

4月27日(水) MVリリースまで残り9日

ようやくDAWを立ち上げ、作業を開始した。俺は「頭の中でフルコーラスの形になるまで録音しない」というやり方をしている。これは、アイディアの時点で録音を開始してしまうとそれが"素材化"してしまい、自分の性格だとどうしても出来上がるまでに軸がブレてしまうので、その予防策だ。

「頭の中では出来てるってのはホントだったんだ、疑ってた訳じゃないけど」。近藤氏がそう言ったのは、上記のガイドメロディとコード進行の打ち込み画面で進捗を知らせた時のこと。彼にとっては少しの安心材料になったと思うが、一方で俺と同じように楽曲を制作している人は、9日前で歌詞とガイドメロディしか出来上がっていないという状況がいかに穏やかではないのかわかってくれると思う。俺は当然、焦りに焦っていた。

同時進行で話を進めていたMVについて、先日「楽曲コンセプトに合わせて歌詞を手紙として綴る様子を撮影するのはどうか」と近藤氏から提案がありそれで満場一致となったのは良いが、いつ、どこで、誰が、何を、どうやって、どのように形にするのかを決めるのはこれからだった。

そこで名前があがったのは、またしても森田寫眞館の森田氏だ。「MONSTER」のMV撮影でもお世話になった写真家の方で、力強く説得力のあるすばらしい画を撮られる方。ダメ元でお願いしたところ「いいよー、今週土曜にうちのスタジオ来てねー」と驚くほどすぐさま快諾の返事をもらえた。

手元を上から撮影することを”俯瞰撮影”と呼ぶそうで、料理動画などで最近よく見かける撮影方法なのだが、これには専用の機材が必要になってくる。撮影技法や撮りたい映像の意図を伝えると「持ってないやー、買っておくねー」とこれまた驚くべき応答が。感謝の言葉を伝えるとともに、心の中でも頭が上がらなかった。

チームメンバーにそれを伝え、と一安心かと思ったが、土曜にMVの撮影をするということは、つまり2日間で楽曲を仕上げ持っていくことが決まったということだ。一息つく間もなく、再びDAWに向き合う

4月28日(木) MVリリースまで残り8日

仮ドラムと仮ベースの打ち込みが完了し、なんとなく形になってきた。チームメンバーに聴かせたが「まだイメージ出来るレベルじゃない」という感想。俺もこれを聴かされたところで同様のことを言うだろう。

前日にAmazonで購入していたMVで使用する便箋と封筒が届き、撮影に向けたモチベーションが上がり始める。いつ、どこで、誰が、どうやって、までは森田氏に依頼することにより全てクリアされたが、肝心の「何を」の部分がまだ詰めきれていない。撮影日が急遽決まったということもありチーム他メンバーの立会いはなし、自分と森田さんで3時間でMVを作り上げることになる。

原曲と同じスピードで手紙を書くことは不可能なので、スピードを半分に落とし、それを流しながら手紙を書いて撮影、編集で等倍の速度に戻すというやり方で撮影することにした。

ペンは鉛筆なのか万年筆なのか、はたまたマジックなのか、それぞれ質感は異なるがどう映るかは撮ってみないとわからない為、今回は濃いめの鉛筆と、念のためマジックを用意。

近藤氏は「手紙を書くのにも、しっかり演技は必要」という助言とともに、生野慈朗監督作品、山田孝之主演の映画「手紙」を観るよう勧めてくれた。作品の途中途中で手紙を書くシーンがあり、見ながら書き方の練習をしたが、作品の内容自体が素晴らしく最終的にはただただ見てしまった。「面白い」というタイプの作品ではなかったが、「良い作品」であった。

4月29日(金) MVリリースまで残り7日

前日の状態からドラムやベースの見直しを図り、仮歌を入れ込んだ。歌が入りぐっと完成に近づいたように聞こえ、本作にとって歌や歌詞が要であるということを再認識した。

ここから少し音楽理論的なことを書いてみようと思う。本作のKeyはEメジャー。ギターの通常チューニングにおける最低音を含んだ響きから、ストレートで嘘のないような泥臭い印象をうける。Eメジャーを選んだのは、このKey以外ひとつでもKeyをずらすと歌えなくなってしまうからだ。

  • 最低音は低いD#("ごめんね"の部分)

  • 最高音は地声で高いC#("歌い続けていくことにするよ"の部分)

  • 裏声で高いD#("わからなくなってしまっても"の部分)

と、本作は2オクターブの中でメロディが変化する。「歌えなくなる」というのはレコーディングでの話ではなく、母の前で歌った時「聴こえない」「聴くに耐えない」となってしまう、ということ。あまりに低い音や高いを心地よく相手に聴かせることは今の自分の技術では難しく、音量が著しく下がるもしくは上がってしまう。それを考慮しKeyをEメジャーに決めた。

本作は後半で転調する。まず、KeyがEメジャーからF#メジャーに上がる。俺自身、演奏の難易度が上がるため転調が嫌いだったが、本作はCメロからの流れ的に転調しない方が不自然だと思えるほど、転調の似合った楽曲だと思う。自分で言うのも何だが、このアレンジに異論を唱えるものはいないと自負している。

隠されたこだわりを綴る機会はそうそうないのでもう1点。先述の通り、この楽曲のKeyコードはEメジャー。1番のサビ頭はサブドミナントコードであるAメジャーを使用している。転調後はKeyコードがF#になるので本来サブドミナントコードのBメジャーをサビ頭に持ってくるのが定石だが、転調したこと、切り替わったことをしっかりとわかってもらう為にKeyコードであるF#メジャーをサビ頭に使用している。おそらく誰も気が付いていない、自分だけの秘密のこだわりだ。といってもここに綴ることで秘密ではなくなるが。。

4月30日(土) MVリリースまで残り6日

MV撮影当日。惜しくもこの時点で作品の「完成」には至らず、仮音源での撮影となった。本業の「仕事」をしながらの制作であったため、日に3時間程しか作業の時間をとれないことを考えると、無謀だったことは初めからわかっていた。ただ、そこに間に合わす気持ちで進めなければ、公開日にすら間に合わないことも視野に入れ、暇さえあればダラける自分の怠慢な性格に喝を入れる為につくったスケジューリングだった。

上の動画は、本作MVの元素材。俺が手紙を書いている反対側の頭上にカメラをセッティングしているため上下が反転している。

案の定、鉛筆では文字が薄く見えなくなってしまったので、本番はマジックを使用した。ライブ同様、撮影現場でもあらゆるハプニングが発生する。大なり小なり、必ずといっていい程起こる。「念のため」を「細かい」と嫌う人もいるが、常に最悪の場合、起こりうる事態を想定しておくことは、会社に入って学んだことのひとつでもある。

そしてもう一つ起こったハプニングは、原曲を半分のスピードに落としても、書くスピードが追い付かなかったこと。事前に半分のスピードで練習しておけばこのことに気が付いたのに、それを怠った自分を恨んだ。

悩んでいると森田氏が「パソコンにAdobeのプレミア入ってるから、さらに半分のスピードに落として音流してみよっかー?」とまさしく渡りに船とも言える提案をしてくれた。普通の写真館ならパソコンに動画ソフトなど入っていない。またもや森田氏に救われ、心の中では地面に頭がめり込むほど土下座をした。

1曲の尺は5分。半分のスピードで10分、さらに半分のスピードだと20分。つまり1回の撮影に20分かかるということだ。試行錯誤しながらのセッティングで80分、片付けで40分、制限時間は3時間(180分)だから、休憩やプレイバックも加味すると、2テイクしかとれない計算になる。

1回目の撮影は、文字の感じや、近藤氏が言うところの「演技」に関して自分自身納得することが出来ずボツにした。うまく出来ないイラ立ちを紙にぶつけてぐしゃぐしゃにした。集中し直して挑む2テイク目、無事納得のいく演技が撮れたが、丸めた紙をそのまま机に放置してしまったことに後で気が付く。失敗したと嘆いたが、「一生懸命書いてる感じが出てていいんじゃないー?」と森田氏からの一言。自身も納得してそのテイクを採用した。


本記事にてMV解禁までの全てを明かそうと思い執筆に挑んだが、最後の怒涛の数日間の一日一日に詰め込まれたいくつもの思いや出来事を嘘なく綴ってみたら思いがけず長文になってしまった。

「蒼鷺」シリーズの結末は次回に持ち越し、本記事の内容4月末日までとし、次回でいよいよ最終回。5月1日〜5月6日MVリリース日当日までのことを事細かく綴ることにしようと思う。

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