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仰向 歩(4)

「ピンポーン」と呼び鈴が鳴り、床の上に乗った水たまりの一部と化した僕は意識だけを立ち上がらせて「どうぞ」と声を出した。基本部屋の鍵はかけていないから誰でも入り放題であり今のところ泥棒が入ったことはないので僕はそのままでいいと思っているのだが今日訪問に来るヘルパーはいつも僕に対して「カギはかけておいてくださいね」と語気を強くして言う。いつものように扉を開いてから僕の自堕落さに呆れたふうに愚痴をこぼすかと思いきや彼女は難なく部屋に上がって「こんにちは。突然ですが今日から歩君の担当になります左側恐子さんです。よろしくお願いしますね」と床に仰向けになってびしょぬれになった僕をスルーして話始めた。玄関に棒立ちになっているであろう彼女の隣に気配を感じた僕はおそらく自己紹介にあずかった新人が来たと気を巡らせつつ天井を見つめながら「あー、ハイ」とボソッと言った。

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