魅力の源・由紀さおりさんの声帯。「夜明けのスキャット」③
『「あの時、この歌」由紀さおり、安田祥子』という本を読んだ。
東京書籍・1995年発行、256ページ。
由紀さんと姉の安田祥子さんの共著であり、それぞれが音楽人生を語りながら、二人で続けている童謡コンサートの舞台裏や苦労を語ったものだ。
不思議な姉妹である。
読んでいて楽しかった。
本では「夜明けのスキャット」が誕生した経緯、爆発的ヒットの衝撃なども由紀さんの口で伝えられている。
他の資料も含めて流れを振り返ると……①この曲の発表は1969年(昭和44年)3月。由紀さんは童謡歌手としてプロデビューしたが、それまでは鳴かず飛ばずだった。
②TBSの深夜ラジオ番組「夜のバラード」のエンディングBGMの歌い手として、たまたま由紀さん=ⅭⅯシンガーのオーディションにも合格していた=が選ばれた。
どんな楽譜も初見で歌いこなし、曲の勘所をずばり表現できる技術が評価された。つまりすこぶる器用(別の言い方をすると便利)だったのである。
③スキャットとは、意味のない音をメロディーに合わせてアドリブ味を効かせて響かせる歌唱技法で、主にジャスで使われる。この作品の作曲はいずみたくさん。
④ラジオ番組で、♪♪ルー、ルールルー♪♪、と流し始めたたところ、
すぐに驚くほどの賛辞が寄せられ、
それではと山上路夫さんが、♪♪愛し合う、その時に、時計は止まるの……♪♪と詩を新たに加え、レコードにした。結局レコードは150万部の大ヒットとなった。
――経過は以上である。
音楽商売は水物である。
頑張れば売れるという構図でもない。
売れっ子の作詞家・作曲家が満を持して曲を仕上げ、相当な宣伝費をかけても、満足のセールスにならない場合も少なくない。
「夜明けのスキャット」はその逆だ。
棚からぼたもち。
パチンコ屋さんの床でたまたま拾った玉1個が……
面白いなあ。
◇
この本では、由紀さんがこうも言っている。
「のどの専門の先生(医師)によると、私の声帯は、生まれつき薄いのだそうです。でも年齢とともに厚くなってきているようで、その分、低音が響くようになってきましたが…」
声帯の正体について調べた。
声帯は人間の気管内にある。左右1対の筋性の粘膜のひだで、空気の出入りする方向とほぼ直角に張り出している。
声帯独自では動けないが、周囲の関連筋肉が、頭からの指令を受けて、声帯を微妙に操作し、高低を含めた声の表情を演出する。
なるほど。
つまり声の大本というわけだ。
(ご存じでしたか)
◇
由紀さんの声は高い。そして澄み切っている。
なぜか。神が与えてくれた声帯だからだ。
最初の「夜明けのスキャット」のレコーディングは由紀さん20歳過ぎのときだ。
「夜明けのスキャット」を聴くならこれに限る。
https://www.youtube.com/watch?v=IzXvAWy2ric
後年の録音やライブでの録画も悪くはなく、時の移ろいや多様な技術を反映して興味深いのだが、この〝20歳の声帯〟の迫力にはかなわない。
私はそう感じる。
由紀さおりとは、つまり一対の声帯である。
それで十分に見事だ。
ふと、以下のような記述を思い出した。
「レーニンとは、何か。新しい歴史の一ページを開いたレーニンとは、何か。私は、レーニンはただ一揃いのレーニン全集のなかにいて、そのほかの何処にも見出せないと、断言する」(埴谷雄高)
(この項終わり)
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