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人肉の味を覚えた熊

2023年5月27日。東京ヤクルトスワローズ、早くも今季の自力優勝消滅。

この時期だからまだわからないとはいえ、正直、他の要素は置いておくとしても、この雰囲気や怪我人だけで既にほぼ既定路線で間違いないだろう。
いくらポジティブに振る舞えど現実は変わらないし、時たまに弱音を吐きたくなることもある。

過去の厳しいシーズンでもこんなにも苦しかったか? と聞かれると、隠さず言えば「苦しくなかった」 これが本音だ。

少し遡って話をしよう。
私がスワローズを応援し始めたのは2018年だった。その頃は野球のことは微塵も知らず、ただなんとなく雰囲気で情報を追うだけ。
ポストシーズンになり初めてDAZNを契約して、そして呆気なく散って試用期間中に解約したときの心境は今でもすぐに思い出せる。
そしてその時もよくわからないままに信じていた――来季はもっと強くなる、と。

ところがどうだろう、2019年、初めてのビジター応援席で見届けたのは16連敗の折り返しだった。
「今日負けたら7連敗だって」 カード中のどこかで、近くの男性が8回裏あたりに嘆いていたのをぼんやり覚えている。
当時はこれまたただなんとなく「ああ、ずるずる負けているんだなあ」程度にしか思っていなかった。

2020年。世界はコロナで振り回された。
当然野球も影響を受け、チケット発売日にこっそりトイレでスマホを握りしめ、5000人野球のチケットをもぎ取ったりもした。(余談だがその試合こそかの無人牽制が起きた日である)
諸々がイレギュラーだったこの年も安定の最下位。きちんと野球を「野球」と意識して見るようになってからずうっとこんな調子なので、最早負けることが前提という気さえしていた。

そしてやってきた2021年。
この年は私生活が多忙でなかなかチケットを取れず、2021年最初の現地が京セラでのオープン戦、2回目が私にとって年内最後の試合こと日本シリーズ初戦だった。
色々あったけれど、シーズン終盤は速報や中継に毎日かじりついていたと思う。13戦負けなしだなんてとんでもない記録もあった。
最終的に監督が神戸の寒空に舞い、なおもコロナに苦しんだシーズンはあまりに劇的な幕切れだった。

正直、この時は「ああもう来年は最下位か、5位なら御の字だろう」程度に考えていた。

それがどうだ。右腕にワッペンをつけて迎えた2022年。
序盤はさして抜きんでてはいなかったけれど、交流戦からどんどん他を突き放していく。史上最速でマジックが点灯して、コロナで苦しんでも最終的にはこれまた劇的なサヨナラで2連覇を達成。
日本シリーズこそ虚しく潰えたものの、若手の芽吹きを始めとした期待を抱いてハワイ旅行に向かう選手たちを見送った。

ここまでくると頭の中には「3連覇」の文字があった。
もちろん今までの謙虚な、とでも言うべきか、良くも悪くも消極的だった頃の自分が「高望みはしないでおこう」と引き留めてもいた。
覚悟はしていた。けれど自信もついていた。2021年の言葉を借りるなら「絶対大丈夫」だと。

そして現在。6月どころか交流戦直前の時点で、我が東京ヤクルトスワローズは自力優勝の可能性が消滅した。
まだこの時期の消滅なのだ、完全に希望が潰えたわけではない。
でもそれは上っ面の言葉だと理解している。悟っている。
それにいつだって乱高下の激しい球団なのだ、何を今更という話である。

だが今、私はかつてないほど形容しがたいものに感情を揺さぶられていた。
そう、慣れてしまったのだ。勝利に。

個人的にこういう場合、野球に限らず「人肉の味を覚えてしまった熊」という表現をよく使う。
山奥で植物を食べゆったり暮らしていた熊が、何かの間違いで人里に降りて人間を食ってしまい、その後人肉しか食べなくなって――よく聞く話だろう。
勝利であれ何であれ、今まで無かったものを得てしまった者の末路とでも言おうか。

今日だってもう負け戦の予感しかしなかった。
日に日に怪我人が増え、暗い雰囲気が漂い、明るいニュースもほとんど聞こえない。
それでも、それでもつい、この手は中継にチャンネルを合わせていた。
案の定9回表が終わった瞬間、リモコンに手を伸ばして画面を消す。
ああ、と一区切りがついて、LEDの照らす低い天井をぼんやり見上げた。

ああ、これじゃあ燕じゃなくて熊だ。
盛者必衰、栄枯盛衰。そんな年も当然だ――なんて息を吐いて視線を下ろせば、ふと壁にかけた諸々が目に入った。
石川雅規・青木宣親の二人が写った5月のカレンダー、懸賞で当てた塩見泰隆のサイン色紙、コンビニで刷った山崎晃大朗の面担号外、スワポンで引いた山田哲人のサインユニ――いろんなことがすぐに脳裏によみがえった。

もう一度、ふう、と息を吐いた。
白状するとこの記事は昨晩の時点でかなり書き進めていて、そして私は今、キーボードに仕上げと言わんばかりに思いの丈をぶつけている。
今年はもう絶望的だ。何もかもがちぐはぐで、主力は不調で、怪我人が続出している。卵が先か鶏が先か、ベンチにもファンにも暗い雰囲気が漂っていた。
マイナスのことばかりが並ぶ。ニュースもTwitterのトレンドも遠ざけた。
それでもやっぱり、狭めた環境ですらスワローズの情報は追ってしまう。

一度現実に頬を叩かれたことでようやく熊はやめられそうだ。
そしてなんだかんだ「このばしょがすきだからわたらないわたりどり」"だけ"に戻ってそれは続けているだろう。暑くても寒くても渡らないのがつば九郎なら、勝っても負けても渡らない、いいや渡れないのが自分だ。
だってスワローズが好きだから。中継を見て勝機の無さに嘆いていても、結局「次の現地観戦はいつだったか」とカレンダーの日付を指先で数えていた。

9月にセ・リーグファンではない友人と神宮へ行く約束をしている。
まだまだ暑い夕方、神宮の片隅でビール片手に引きちぎった生の人肉ではなく串刺しの焼いた鶏肉でも食べているだろう。
どうかせめて、彼女には神宮での傘の花畑を見せられますように。

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