【ぶんぶくちゃいな】トップIT企業「テンセント」が落ちた“罠”

その昔、日本で海外旅行が、特に団体ツアーに人気が集まり始めた頃、旅先に日本人がかならず持っていくものとして「醤油」が上がっていたと聞く。わたしが初めて海外に出たのは1980年代中頃で、それも行先が中国だったのでさすがにそれはしなかったけれど、「持っていくように」と忠告してくれたご年配の方はいた。出かける先がほぼ中華圏、あるいはアジア圏であるわたしは、お土産としてはともかく、日本の調味料を持っていったことがない。

でも、旅先でなんどか、強烈にその話を思い出したことはある。

そのうち1回は、初めての大韓航空を利用したときだった。機内食が配られてすぐのこと。ちょうど通路側に座っていたわたしは、通路を前方から歩いていくる客室乗務員に向かって、両側からにゅーっとたくさんの腕がにゅーっと突き出されているのを目にした。乗務員は小さなチューブに入ったコチュジャンを配っていたのだ。それを求める人たちの手という見事なビジュアルを、今でもときどき思い出す。

もう1回が、中国で欧州で開かれる展覧会に出かける芸術家の友人が、「なにはともあれ『老幹媽』」と言いながらいそいそとスーツケースに、ガラス瓶入の「老幹媽」を詰めていたときだった。自称「北方肉食人」の彼に言わせれば、欧米に出るとハムやソーセージが豊富で大変美味しいが、西洋風の食事を続けると疲れる。そういうときには必ずどこかにある中華料理屋に入って白ごはんを頼んで、「老幹媽」を乗っけて食べてホームシックを治すんだ、ということだった。

だったらそのまんま、その中華料理屋で中華料理を食べればいいというわけではなく、中国はひとりひとりの出身地ごとに味付けや料理がまったく違うので、海外で必ずしもその味の店を見つけられるわけじゃない。現地の人の口に合うように改良された、海外の中華はさらにホームシックになった彼らの口には合わないことのほうが多いらしい。

「だが、中華料理屋にはぜったいに白ごはんはある。それに『老幹媽』をかけて食べるだけで涙が出てくる時があるよ」と、彼は言った。

「老幹媽」(らおがんまー)とはこれ。

老幹媽

ラベルにカタカナが見えるが、実はこれ日本で買ったもの。そう、日本から海外になにも持っていかないわたしにとって、もう絶対に欠かせない調味料の一つになっている。

中身は、「豆チ」(トウチ、「チ」は「豆」偏に「支」)と呼ばれる、大豆を発行させた真っ黒い豆が入った唐辛子ソースだ。塩っけがあって濃厚な味わいのトウチにたっぷりの唐辛子ソースが辛み、麻婆豆腐などに入れると豆板醤よりも深みが出る。だから、うちでは豆板醤は常備していなくても、この「老幹媽」は欠かせない。

豆板醤は四川省名産のそら豆と唐辛子で作ったソースの一般名称だが、この「老幹媽」は前述の通りトウチを使ったソースで、「老幹媽」というのは商品名兼ブランド名なのだ。

昨年12月における収支によると、「老幹媽」ブランドで出している一連の商品の売上は50億元(約870億円)あまり、国内の市場は96%以上をカバーしているという。さらに、一切広告にお金をかけないことで知られていた。長い間、口コミと店頭販売に頼ってブランドを拡大してきた。

だが、6月末になってそんな「老幹媽」を巡ってある騒動が勃発した。その騒ぎの相手は、かの著名IT企業「騰訊 Tencent」(以下、テンセント)。国内でも指折りの市場価格(4.91億香港ドル=約70億円)を持つテンセントと国民的ソースブランドの「老幹媽」、この二社がどこでどう結びつくのかわからない不思議さに首をかしげていた人たちを前に、事態はさらに驚くべき発展をみせた。

●「老幹媽」と人気オンラインゲームの関係

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