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【ぶんぶくちゃいな】「女性のパラダイス」香港の民主活動家たち

2001年、香港を離れて北京に引っ越した後、強烈に香港は「女性のパラダイス」であるということに気がついた。

北京では芸術家たちが集まって暮らすアパートの一室に転がり込んだ。親しい芸術家の友人がそこにアトリエを持ち、ウィークデーはそこで寝泊まりしていたし、その彼を通じて芸術家グループとも知り合いになれるという「便宜」を感じたからだった。まだ、そんなに豊かでもなかった芸術家たちのグループ結束はなかなか固く、おかげでわたしも助けてもらったことが何度もあった。

しかし、寂しい思いをしたこともある。

ある時、芸術家グループと親しいパトロンが、アパートの一群を家族ごと食事に誘ってくれた。わたしは家族でもないし、そのパトロンさんを直接知っているわけでもなかったが、友人が「ぼくらのグループの家族みたいなもんだから一緒に行こう」と誘ってくれた(当時の北京は、わりとそういうことにおおらかで、食事会を開くと、必ず予定外の人数が集まるのが「常識」でもあった)。

会場につくと、まるで英国の旧家のような長いテーブルをさらに並べて横にながーくしたテーブルが置かれていた。左右のはじっこの距離は15、6メートルほどあった。わたしは一緒に行った芸術家と並んで座ったが、テーブルはみごとに右端に男性を中心とした芸術家たちが座り、そして左端には彼らの妻やガールフレンドたちがまとまって座っていた。そして、次々にやってきた人たちもそれぞれ端に分かれて座り、中央に向かって席は埋まっていった。だが…

「ちょっと、あっちの席と替わってくんない?」

知り合いの男性芸術家が、女性家族たちのはじっこにぽつんと空いた席を指差して、わたしを見ていた。遅れてきた彼が座れる席はもうそこしかなく、さすがに知り合いでも他人の妻やガールフレンドの真ん中に座るのは理不尽と感じたらしく、「非芸術家」のわたしに席を替われ、と声をかけたわけだ。

しかし、同じアパートに暮らしているらしいことは知っていたけれども、芸術家とばかりつるんでいたわたしは、彼女たちとはほぼ面識がなかった。彼女たちの方もわたしがアパート内で暮らしていることすら知らなかった可能性がある。しかし、そのど真ん中に単身者の女性キュレーターが座っていることで、わたしは事態を理解した。

オトコはこっち、オンナはあっち。

正直、席を替わってからわたしはひたすらお開きになるのを待ったことしか覚えていない。なにを食べたかもまったく記憶にない。それ以降、そうした場には誘われても一切いかなくなった。

香港では昔も今も、男性だろうが女性だろうが「友だちは友だち」という割り切りがある。元同級生の既婚男性と既婚女性が2人きりで食事をしておしゃべりするなんて話はごろごろあるし、わたしが香港に行くと既婚だろうが未婚だろうが男性の友人と2人きりで食事することなんて普通のこと。男女入り乱れて旧友たちと鍋を囲んでも座席はざっくばらん。女性同士がくっついて座る…なんてことは誰も意識せず、来た順番に席が埋まっていく。

もちろん、香港でも性別は意識されているし、トイレだって別々である。だが、今さらのように「女性であること」が強調される日本のナントカ選に比べてみてもよく分かるはずだ。

林鄭月娥・現行政長官は、長年公務員の世界を生き抜いて、前代行政長官の時代にはトップ2を務めていた。彼女が提案した「逃亡犯条例」の改定草案が市民の総スカンを買い、大規模デモに発展し、中国政府が乗り出して、香港国家安全維持法(以下、国家安全法)が施行され、香港の伝統的民主制度が壊滅的状況に陥れた「張本人」として最悪の評価を受けているのはご存知のとおりだ。

だが、それでも「女性」という点で彼女を攻撃する人はいない。どんなに彼女のことを罵る人たちでも「女性」は決して争点にはならないのである。

また、香港の法務大臣にあたる「律政司」もまた女性である。さらには、女性が保安局長(公安局長)を務めたこともあるし、香港主権返還時に政府が決めた初代行政長官とは別に、民間では植民地政府で最後のナンバー2を務めた陳方安生(アンソン・チャン)女史がダントツの「理想的行政長官候補」に選ばれている。

民間でも女性上司の下で働く人たちは普通におり、その彼らが「上司が女性である」ことにプレッシャーを感じる、という話はまったくといっていいほど耳にしたことがない。

香港で起きた民主運動でも、日本では日本文化が大好きで日本語を操る周庭(アグネス・チョウ)さんが「民主の女神」と持ち上げられた。いまだに彼女の動向を軸に香港の運動を語るメディア関係者も多い。だが、実際の運動の現場では女性たちは男性たちに負けないほど「普通に」そこにいた。つまり「女神」がごろごろいる場所、それが香港なのだ。

そこで、ちょうどこの9月の初めにニュースに上がってきたそんな「民主の女神たち」の話題を中心に、香港民主運動における女神「軍団」のほんの一部をご紹介したい。

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