211004 キャサリン・タイ米国通商代表による対中貿易政策方針講演@CSIS

 10月4日に戦略国際問題研究所(Center for Strategic & International Studies, CSIS)で行われた、キャサリン・タイ米国通商代表の講演の日本語版がないようなので翻訳してみた。バイデン政権になって初めての対中貿易政策方針の発表であり、関心のある方には一読をお薦めする。
 オリジナルの講演原稿は米国政府の通商代表オフィスに掲載された文字原稿を使った。なお、当日の会場ではこの他に、会場とオンラインの視聴者からの質疑応答も行われている。その模様は講演の主催者である戦略国際問題研究所(CSIS)のYouTubeページで視聴できる。

皆さん、こんにちは。 お集まりいただきありがとうございます。 本日、私を招いてくださったジョン・ヘイムリ、ビル・ラインシュ、そして戦略国際問題研究所(CSIS)に感謝いたします。CSISは、私たちの外交政策の議論において重要な役割を果たしています。私が最も重要な世界的問題のひとつについてお話しするにはぴったりの場所だといえるでしょう。

かつて私は、そしてこれからも申し上げることになりますが、米中の貿易・経済関係は非常に大きな意味を持つ案件の一つです。世界最大の経済大国である米国と中国がいかなる関係を築くかは、両国間に影響を与えるだけではありません。世界全体、そして何十億人もの労働者に影響するのです。

この二国間は複雑で激しい競争関係にあります。バイデン大統領は、米国人労働者を支援し、経済を成長させ、国内で雇用を創出するため、その競争を歓迎しています。

しかし、彼はその競争を責任を持って管理し、それが公正なものであることを保証する必要があると考えています。

非常に長い間、中国による世界的な貿易規範の不遵守が、アメリカ人や世界中の人々の繁栄を損ねてきました。

近年、中国政府は国家中心型の経済システムを強化しています。中国の計画には、米国や他の多くの国々が共有する懸念に対処するための意味のある改革は含まれていないことがますます明らかになっています。

我われがやるべきことはたくさんあります。

それを成功させるためには、私たちが直面している課題と、それらを放置したままで起こる重大なリスクについて、率直かつ正直に論じなければなりません。私たちはすべての可能性を検討して、最も有効的な道筋を示す必要があります。

中国との関係において、米国の労働者にとって最善なのは、米国経済を成長させて、より多くのチャンスとより良い賃金の雇用を米国内で創出することです。

米国の貿易代表として、私は米中の貿易力学下における、労働者中心の貿易政策というバイデン大統領のビジョンを実現するつもりです。私たちは、貿易政策が人々の日常生活を向上させることができると示す必要があります。

私たちは、労働者との信頼を再構築し、国内外の政策を調整することにより、広範なステークホルダーに利益をもたらす永続的な貿易政策を構築します。

私たちのグローバルな競争力と繁栄を共有するためのカギは国内から始まると、バイデン大統領は明言しています。私たちは賢明な国内投資を行って、自分たちの競争力を高めていかなければなりません。私たちは研究開発やクリーンエネルギー技術に投資し、製造基盤を強化して、サプライチェーンの上下流において米国製品を購入するよう企業に奨励する必要があります。

私たちはすでに、「アメリカン・レスキュー・プラン」、サプライチェーンの回復に対する政府の注視、およびテクノロジーリーダーシップへの投資を進めて、その一部を達成しました。政権は議会と緊密に協力して、超党派合意によるインフラ計画やより良い再興を意味する「ビルドバックベター」プランに基づいて活動を進めています。

米中貿易に関しては、ここ数ヶ月、バイデン・ハリス政権が包括的な見直しを行ってきました。

そして今日、私は、米国の労働者、企業、農民、生産者の利益を守り、中産階級を強化するために、対中貿易政策を再調整するための我が政権の戦略的ビジョンの出発点についてお話しします。

まず、中国との間で「フェーズ1」(第一段階)協定の履行状況をめぐる話し合いを行います。中国は農業を含む特定の米国産業に利益をもたらすことを約束しており、我われはその履行を求めなければなりません。

バイデン大統領は、引き続き私たちの経済利益を促進し、米国産業界への信頼を築いていきます。

次に、一部を対象にした関税免除プロセスを開始します。私たちは、既存の執行構造が私たちの経済的利益に最適なものであるよう保証します。必要に応じて、追加の免除プロセスの可能性も残しておきます。

第三に、「フェーズ1」に組み込まれていない、中国の国家中心型非市場化貿易慣行に対して、引き続き深刻な懸念を抱いています。「フェーズ1」条件を実施するにあたり、中国政府に対してこうした広範な政策上の懸念を提起します。

そして、有害な政策や慣行から米国の経済利益を守るため、これまで私たちが有するすべての手段を用い、また必要に応じて新しいツールを開発します。

最後に重要な点として、私たちは21世紀の校正な貿易ルールを構築するため、同盟国と協力し、市場経済と民主主義の競争を促進し続けます。

私たちの計画を詳細に説明する前に、ここ数十年間の米中の貿易関係がどのように変化してきたか、そしていかにして今日の状況に至ったかについて振り返っておきましょう。

1970年代後半から1980年代半ばにかけて、中国は世界11位の経済国から8位になりました。この間、米国の対中輸出は約4倍となり、輸入は10年足らずで14倍に成長しました。

この経済成長を経て、中国はWTOへの加盟を目指し始めました。

この時、世界は重要な課題に直面しました。それは、国家主導型経済を、いかに開かれた市場志向の原則を推進する人々によって創設された貿易機関に統合するかということです。

このジレンマに取り組む中で、一部では、中国とその中産階級の増大によって、工業製品や農業製品の輸出が大幅に増加するだろうと主張する人たちもいました。また、大量の雇用機会の喪失が起こると主張する人もいました。

最終的に、中国は2001年12月にWTOへの正式加盟を果たしました。

次の10年半は、米国が中国政府との2つのアプローチを並行して行う期間となりました。

アプローチの一つとして、3つの歴代大統領政権を通じて米中両国の政府関係者が毎年ハイレベルな対話を行いました。それらは、中国に対してWTOの規則や規範を遵守し、内部に浸透させ、その他市場志向的な変化を引き起こすことをせっつくことを目的としていました。

しかし、それらで合意を得るのは年を追うごとに難しくなり、また中国の対応措置は一貫性がなく、実現は不可能となりました。

もう一つのアプローチは、WTOでの紛争解決案件に焦点を当てたものです。米国は同盟国の協力を得て、私が訴訟を起こしたものを含めて27件の案件を中国に対して訴え出て、判決が下りたすべてのケースで勝利を収めました。しかし、中国は私たちから訴えられた特定の慣行を変更しても、その根底にある政策を変えたり、中国による意味のある改革は行われないままでした。

そして近年、中国の指導者たちは、国家中心型経済モデルをさらに強化させています。

対話も強制力においても意味のある変化を生み出せなかった現実を前に、前政権は、中国政府の慣行を変えようと、米国の一方的な圧力という異なるパラダイムを使用することを決意しました。

そして、中国の強制的な知的財産と技術移転政策という、長期に渡って頭を痛めていた問題に焦点を当てた調査が開始されました。そして米国は中国からの輸入品に大幅な関税を課し、中国による報復を引き起こしました。このような緊張感の高まりを背景になっていた2020年1月に前政権と中国が合意にしたのが、一般に「フェーズ1協定」と呼ばれるものでした。

この協定には、限定的な一連の約束が含まれています。知的財産や技術移転、米8国製品の購入、および農業製品や金融サービス部門の市場アクセス条件の改善に関する中国の義務が言及されています。

特に米国農産物の輸出項目については、市場の安定をもたらしました。しかし、私たちの分析によると、特定の分野での約束は達成され、特定のビジネス上のメリットはもたらされましたが、その他の分野ではまだ不足しています。

しかし、実際には、この合意は中国の貿易慣行とそれが米国経済に引き起こす悪影響に関する私たちの根本的な懸念に有効的に対処したものではありませんでした。

「フェーズ1」協定が締結されているにもかかわらず、中国政府は引き続き数十億ドルを対象産業に注ぎ込み、国家の意志に沿った事業化を行っており、ここ米国および世界中の労働者の利益を損なっています。

鉄鋼業界を見ると、2000年の時点では、米国には100社以上の鉄鋼会社がありました。年間1億トンの鉄鋼を生産し、業界リンクは全国で13万6000人を雇用していました。

その頃から、中国が独自に製鉄所を建設し始めました。その生産能力が膨れ上がったことで、米国の鉄鋼会社から貴重な市場機会を奪いました。低価格の中国製鉄鋼が世界市場にあふれ、米国および世界中の企業を市場から追い出したのです。

倒産した製鉄所からは、何百人もの労働者が生計手段がないまま放り出されました。また、業界リンクに依存していた中小企業も廃業し、放置された建物が不動産価格を引き下げ、社会に不安を与えました。

今日では中国は年間10億トン以上を生産し、世界の鉄鋼生産量の約60%を握っています。中国の1ヶ月の生産量は、米国や世界の他の多くの国が1年間で生産する量を上回っています。2000年以来、米国の鉄鋼業界雇用数は40%減少しました。

中国の不公正な政策の影響は、太陽電池の生産にも現れています。米国はかつて、この新興産業の世界的リーダーでした。しかし、中国が独自に産業を構築したことで、米国企業は閉鎖を余儀なくされました。

今日、世界の生産量の80%は中国が占めており、太陽電池のサプライチェーンのほとんどは米国には存在しません。

米国の農業も例外ではありません。近年、中国向け輸出が増えてはいるものの、市場シェアが縮小しており、この市場に大きく依存するようになった米国の農家や牧場主にとって、依然として予測不能な状況です。中国の規制当局は、米国の生産者による市場アクセスを制限し、その収益を脅かすような措置を採り続けています。

また、今日の半導体業界でも厄介な動きが起きています。2014年に中国は、「2030年までに世界をリードする半導体産業を確立する」という目標産業プランを発表しました。メディアによると、中国はすでにこの取り組みに少なくとも1500億ドルを投じており、さらに今後も増やしていく予定となっています。鉄鋼や太陽電池の例を見れば、その意図は明確でしょう。

これらの政策は、中国の成長と繁栄が米国やその他の市場ベースの民主主義経済における労働者と経済的機会を犠牲にしてもたらされるという、世界経済におけるゼロサム力学を強化してきました。

だからこそ私たちは、中国との関係において、戦略的および経済的目標を現実的に推進するために、新しく全体的かつ実用的なアプローチを、短期的および長期的にとる必要があります。

中国との経済関係が発展するにつれて、私たちが自身の利益を守るための戦術も進化しなければなりません。年を経るごとにそのリスクは膨らみ続けており、米国の競争力を高めることがますます重要になりました。

私たちの戦略は、これらの懸念に対処すると同時に、今後起こりうる中国からの挑戦に立ち向かうための柔軟性や敏捷性を有する必要があります。

そのためにはどうすればよいのか?

これまでの政府とは違い、今政権は労働者とインフラに投資することでそれを強みとして生かしていきます。

道路や橋の修理、港の近代化、ブロードバンドの普及は、米国の労働者や企業が国際的な競争力を高めていくために必要な投資です。

そして、私たちは教育や労働者訓練に投資することで、国民の能力を引き出し、活用しなければなりません。これがまさに大統領が構想した「Build Back Better」計画の投資案です。また、新しいテクノロジーを研究、開発、創造することで、世界で最も革新的な国になるための努力を倍加する必要があります。

中国やその他の国々は、何十年にもわたってインフラに投資を行ってきました。グローバルな市場で競争するためには、私たちの国内でも同等以上の投資を行う必要があります。

その継続的な投資により、21世紀を通じた競争力を高めていくことができるのです。

国内投資の他にも、今後数日のうちに中国のカウンターパートと率直に話し合うことになっています。

これには、「フェーズ1」協定に基づいた中国の成果に関する議論も含まれます。

また、中国の産業政策についても直接的に話し合うつもりです。私たちは中国との間で貿易摩擦を煽ることを目的としているわけではありません。

永続的な共存には、説明責任を果たし、また私たちの行動がもたらす多大な結果を尊重する必要があります。私は有意義な結果を生むために、この二国間プロセスにおいてこれから起きるであろう多くの課題に取り組んでいくことをお約束します。

しかし、何よりも私たちは、自らの経済利益をしっかりと守らなければなりません。

それは、長年の不公正な競争によってもたらされてきた損害の波から私たち自身を守るために必要なすべての措置を講じることを意味します。他の経済体や国々との協力関係を含めたすべての手段を展開し、また新しい手段の開発の模索に備える必要があります。そして、二国間貿易の勢いの軌道を変えるため、新しい道筋を描いていかなければなりません。

そこで極めて重要なことは、私たちは健全な競争を可能にする、真に公正な国際貿易の構築に向けて、同盟国や志を同じくするパートナーと緊密に協力していくことです。

私は、二国間、地域、多国間の関係づくりを通じて、同盟関係の強化に取り組んできました。そして、これからもそれを続けていきます。

WTOを舞台に6月に、EUおよび英国との間で締結した大規模な民間航空機紛争をめぐる合意は、労働者にとってより平等な競争の場を作るためにパートナーと協力していくというコミットメントを示すものです。

まさに先週、私は米EU貿易技術評議会の最初の会議で共同議長を務めました。非市場慣行に対してヨーロッパが独自の防御を強化するのに合わせて、彼らと協力することで私たちの共同政策が確実に実現するようにします。

G7、G20、およびWTOでは、市場の歪みや、漁業分野や新疆ウイグル自治区を含むグローバルサプライチェーンでの強制労働など、その他の不公正な貿易慣行について話し合いを行っています。

今後数か月、そして数年間、この活動をさらに発展させていきます。

私たちの目標は、熟考した上で、落ち着いた、長期的な思考により、二国間および多国間の取り組みを行っていくことです。私たちの戦略の中核は、同盟国と協力して公正で開かれた市場を構築していくというコミットメントです。

世界経済の中で暮らす私たち全員が成長し、成功することができる未来の存在。そこには、私たちの国境の内側だけではなく、それを越えて広がる包括的な繁栄があります。

これまでの道は私たちをそこに連れて行ってはくれなかった。私が今日お話したバイデン大統領の優先事項は、私たちの労働者、生産者、および企業にとって良いものであり、私たちの同盟国にとって良いものであり、また世界経済にとっても良いものとなる、繁栄を共有することなのです。

ありがとうございました。

<参考>


このアカウントは、完全フリーランスのライターが運営しています。もし記事が少しでも参考になった、あるいは気に入っていただけたら、下の「サポートをする」から少しだけでもサポートをいただけますと励みになります。サポートはできなくてもSNSでシェアしていただけると嬉しいです。