【ぶんぶくちゃいな】富徳楼「香港オルタナティブの培養基」主宰者に聞く
香港のワンチャイ(湾仔)は「香港の下町」と呼んでいい場所だと思う。この地に皇帝がましましたという歴史はないが、西に政治の中心地であるアドミラルティ(金鐘)、そして経済の中心地であるセントラル(中環)が、そして東に香港随一のショッピングエリア、コーズウェイベイ(銅鑼湾)に隣接し、それらに挟まれるように位置する庶民の街だからだ。アッパーではないが、ロウワーでもない、地に足がついた人たちが暮らす地域、それがワンチャイである。
ただ、この地域では建物の老朽化が進んでいる。香港では1980年代に3階以上の建物にはエレベーターの附設を義務付ける法律が出来たが、4階、いや6階建てなのにエレベーターがついていないところがまだたくさんある。その他の地区でもまだまだそんなビルが残っているが、ワンチャイの建物を眺めていると、その「古さ」は格別だと見ただけで感じる。
しかし、そんな古臭いビルが今でもかくしゃくと利用されているのがワンチャイの良さともいえる。ワンチャイのど真ん中を東西に突っ切るように走る路面電車のすぐ脇からは、セントラルやコーズウェイベイからはすでに消えてしまった路上生鮮マーケットが伸びる。小さな個人経営のレストランやフラワーショップがぎっしり立ち並ぶ横丁も残っており、同じ商業街でも大手チェーン店を寄せ付けないのもワンチャイらしい。
そんな一角に「富徳楼」(フータック・ビル)がある。ビルの入り口右側の店舗は質屋だ。文字通りなんとも古色豊かな味わいのあるビルは15階建てで、さすがにエレベーターはついているけれども1台きり。それが各階を通ってゆっくり降りてくるまで、エレベーターホールにペタペタと貼られたさまざまなステッカーを眺めながらのんびり待たなければならない。
エレベーターに乗ったら、気をつけることがある。というのも、質屋の入り口から半階分の階段を上ったところのエレベーターホールは「M/F」(M階)と表示され、エレベーターに乗ると順に「1/F」「2/F」「3/F」…と上がっていく。つまり、地面から半階上がった「M/F」の上に「1階」があるのだ。
これは香港の「旧楼」と呼ばれる古いビルが採用しているイギリス風の表示方法で、日本語でいう1階(つまり路面店が並ぶ階)は「地下」、英語では「Ground Floor」を意味する「G/F」と表示される。古い表記ではこのグラウンドフロアから上に「1/F」「2/F」…と数字が上がっていくことになる。ちなみに「M/F」(Mezzanine Floor)は(日本語の)1階と2階の間に位置する階であり、日本語の地下は「Basement Floor」で「地庫 B/F」と示される。
こうやって読むとややこしく感じるだろうが、香港で育った人にとっては普通の光景だ。だが、そんな普通のビルの富徳楼には、普通でない顔がある。
富徳楼は各フロアに2室がある作りになっているが、そのうち20スペースは芸術NGO「芸鵠 ACO」が管理する文化スペースになっていることだ。残りはすべて別の所有者がいて、個人住宅あるいは商用オフィスとしてそれぞれに使用している。
今年7月に香港に滞在した時、ミュージシャンの古い友人が今年の春から、彼の音楽グループの活動場としてそのスペースの1つに入居したことを知った。彼が演奏するハンドパンの講座や教室を開いたり、海外の演奏家を招いて交流会を行うには、ワンチャイという街中に位置する富徳楼はぴったりで、なんといっても芸術家に周囲の地価からは考えられないような低料金で賃貸してくれるのが魅力だと言う。
富徳楼にはほかにも、ドキュメンタリー映画製作のグループの事務所や画家などのクリエーターのアトリエ、古い香港の教科書を展覧するスペース、民間ネットメディアなどが入居する。
地価の高い香港では芸術家たちは本拠地づくりに苦労している中、この富徳楼はいかに運営されているのか、「芸鵠」を主宰するメイ・フォン(馮美華)さん、そして「文化エンジニア」として直接の運営にあたっているスーシー・ロー(羅偉珊)さんに話をうかがった。
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