【読んでみましたアジア本】敬虔な仏教国と伝えられるミャンマーの表と裏:春日孝之『黒魔術が潜む国 ミャンマー政治の舞台裏』

今、世界の注目を刻々と浴びているミャンマー情勢。世界の主要国が国軍によるクーデターに非難を表明し、軍政府側がデモ隊に向けて発砲し、死者まで出ている状況において。すでに軍側には正当性を示すことのできる空間はほぼなくなってしまった。

だが、最初の死者が出るまで、軍の側が昨年の選挙に不正があったして、「正常な政治に戻すために憲法に従って政権を握った」と主張したという点が気になっていた。

というのも、ミャンマーは過去、長い間軍政下に置かれており、それに抵抗の姿勢を示していたアウンサンスーチー氏(以下、「スーチー氏)が3回に渡り、15年も軟禁されていたことはよく知られている。その後彼女が軟禁を解かれ、政治活動を始め、そして軍政から民政に移行した。だが、民政による民主主義運動の先頭に立ってきたスーチー氏が大統領になることはできなかった。同国憲法に、外国籍の親族を持つ人物の大統領就任を拒絶する条項があるからだ。スーチー氏はすでに亡くなった夫はイギリス人だし、息子二人もイギリス国籍だからだ。

しかし、その後、彼女はその大統領を上回る職として「上級顧問」という地位を創出し、自身が就任した。わたしはその経緯を詳しく知らないし、その妥当性はよくわからなかった。だが、事実として、そうして彼女が自身の「政権」を打ち立てて、国家元首(の地位を大統領から奪って)に就任したことは知っている。

その後、ロヒンギャ問題が世界的に大きなニュースになった。ミャンマー国内で暮らしていた少数イスラム民族のロヒンギャ族が住む場所を追われ、大量に隣国のバングラデシュなどに逃げ込んだ。その掃討において、ミャンマー国軍によるレイプや虐殺など、明らかに人権に反する行動があり、そのこともまたミャンマー、そして国連人権委員会に召喚されたスーチー氏に非難の矢が集中した。

だが、彼女はそれらの非難と譴責に動じた様子はなかった。シャクシャクと自身が信じる政策で、ロヒンギャ族の追い出しを進めている(とわたしは理解してきた)。彼女に与えられたノーベル平和賞剥奪の声まで上がっているほどに、少なくとも彼女は西洋社会にとって「歓迎されざる人物」となりつつある。

今回のクーデターで彼女が拘束され、その政治権力が(一時的であっても)奪われた。そこで世界が挙げた「クーデターへの非難」に最初なんとなく違和感があった。

一方でスーパーパワー的な手段で政治最高位にのし上がり、また少数民族迫害を続ける人物。そしてその人物を政治権力から追い落とそうとする軍事勢力。

もちろん、その後の市井デモの盛り上がりを見れば、国民がどちらを支持しているのかは一目瞭然だ。人々は自分たちを代表する政府としてスーチー政権を求めている。さらに冒頭に述べたように、事態がさらに進んで、デモ隊側に死者まで出ている状況からして、すでに軍の側についているのは武力のみで、社会政治における正当性は完全に失われていることは明らかだ。

だが、一体ミャンマーがどういう方向に向かっており、どんな矛盾がこういう形になったのかという点については、今の報道を読んでもあまりにも断片的でわからない。なにか、理解のきっかけがないだろうか…と逡巡しているときに、ひっかかったのがこの本だった。

でも、「黒魔術」なんてタイトルに、最初はもっとヤバそうな気がして手に取るまで逡巡したのも事実だ。

●「ビルマ」と「ミャンマー」、二つの呼び名

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