【ぶんぶくちゃいな/全文無料公開】「WeChatとテクノナショナリズム」閭丘露薇(メディア研究者)インタビュー

今回は、オンラインメディア「Global Voices」に掲載された、メディア研究者の閭丘露薇(Rose, Luqiu Luwei/以下、「ローズ」)さんのインタビューを、同メディアの許可を得て日本語に翻訳して全文無料公開する。

内容については以下、同メディア北東アジア地区編集者オイワン・ラム(Oiwan Lam/以下、「オイワン」)さんの記事の冒頭に説明がなされているので、参考にしてほしい。

ローズさんについては、これまで「ぶんぶくちゃいなノオト」では「著名元記者が語る「中国の言論の自由、ネット、そしてプロパガンダ」(前編後編)でやはり中国SNSによるナショナリズムについてご紹介したので、興味を持った方はぜひ過去記事をご覧いただきたい。

なお、翻訳掲載にあたり、注意点をいくつか記しておく。

筆者は通常、ここで触れられている中国最大のSNSツール「微信」をその英語名の「WeChat」と表記することが多い。しかし、今回は読んでいただければわかるはずだが、「微信」と「WeChat」は名称の違いだけではなく、その性質の違いにも触れられており、その点を明確にするために「微信」(原文では「Weixin」)と「WeChat」の名称を原文に従って使い分けている。その点をご理解いただきたい。

文中[]で結んだ注釈は、日本人読者にわかりやすいように、筆者が付記した。さらに、読み進めやすいように一部小見出しを追加した。

●閭丘露薇「WeChatとテクノナショナリズム」


聞き手・執筆:オイワン・ラム

ベテランのジャーナリストであり、香港バプティスト大学の国際ジャーナリズム研究修士課程のディレクターを務める閭丘露薇(Rose Luqiu Luwei、以下、「ローズ」)さんがこのほど、中国政府の検閲行動に中国のSNS「WeChat」がいかに使われているかを分析する研究論文を発表した。「国境を越えたWeChatへの忠誠:テクノナショナリズムをメディアシステム依存理論から読む」(Loyalty to WeChat beyond national borders: a perspective of media system dependency theory on techno-nationalism)と題されたこの論文は、海外に在住する中国人が中国の検閲システムの重要な武器となっているWeChatに忠義を尽くす理由について、学術的な分析を行っている。

政治学者の康怡教授との共著であるこの研究では、中国政府の政策と、中国本土及び海外の中国人コミュニティで使用され、最も影響力のある新しいSNSであるWeChatが、海外に在住する中国人の現地での交流や彼らが暮らす社会への定着をどのように媒介しているかを取り上げている。論文では、このような包括的なテクノポリティカルな力を「テクノナショナリズム」と呼び、ユーザーの習慣や意見、行動に多くの影響を与えていると述べる。

Global Voicesの北東アジア担当編集者オイワン・ラムが、ローズ氏に5年間の研究過程とテクノナショナリズムというテーマについてインタビュー。インタビューはビデオチャットを使って広東語で行われ、英語に翻訳したものを公開した。

オイワン:この研究を始めた時期、そしてどうしてこの研究を思いついたかを教えて下さい。

ローズ:わたしがこの研究を始めたのは、米大統領選挙があった2016年のことです。ちょうどアメリカで博士課程にいたときで、WeChatでいくつかの海外に在住する中国人のチャットグループに参加していました。

最初に注目した出来事は、ペンシルバニア州で選挙に出馬した、中国系のリンディ・リー候補を支援するキャンペーンでした。クラウドファンディングなど、動員にはWeChatのグループ機能が非常に効果的な役割を果たしました。その際に使われた政治的な文言では、彼女は中国四川省生まれであり、議会で中国人の声を代弁できるから、中国人は彼女を支持しなければならないといわれていました。

2つ目に注目したのは、中国系の警察官ピーター・リャンが、自身の起こしたアカイ・ガーリー射殺事件[*1]で控訴したことを支援するための動員でした。海外に在住する中国人がWeChatを通じて、アメリカの主要都市での集会を呼びかけました。わたしはフィラデルフィアで開催された最大規模の集会に出かけましたが、福建出身者の組織がデモを先導しているのを見ました。華僑の同族組織は、ほとんどが中国大使館や領事館と関係があるので、その動員はそれほど自発的なものではないと感じ始めたんです。

[*1]アカイ・ガーリー射殺事件:2014年、自分の住むアパートの階段を上がっていた、黒人のアカイ・ガーリーさんが、巡ら中だった華人警官ピーター・リャン被告が撃った銃弾を受けて、亡くなった事件。白人対黒人の図式はよく論じられるが、この事件はアジア系とアフリカ系というマイノリティどうしの出来事で、さまざまな議論を引き起こした。

そして、大統領選挙。わたしが参加したWeChatグループではすべて、ヒラリー・クリントンに反対し、トランプを支持するという姿勢を掲げていました。ヒラリーは人権問題に強硬的であり、中国当局は彼女の勝利を望んでいませんでした。一方でドナルド・トランプ氏は、当時はその政治的方向性がほとんど知られていなかった。WeChatグループでの選挙に関する議論はとても興味深いもので、多くの場合トランプ支持者が議論を優位に進めていました。

そして香港に戻ってから、海外に在住する中国出身者グループをわたしの研究対象に入れたわけです。

●本土の友人を守るために自己規制も

オイワン:海外に在住する中国人がWeChatに忠義を尽くすのはなぜなんでしょうか? また、中国のメディア政策やテクノナショナリズムは、WeChatを通じていかに世界に広がっているのでしょう?

ローズ: 大きな要素として、検閲や 「忠誠心の強要」があります。中国ではフェイスブックやツイッターなどの他のSNSが利用できません。そのため、WeChatは中国では非常に特別な(独占的)地位にあります。あなたがどこにいようと、中国本土の友人や親族と連絡を取ろうとするなら、WeChatは唯一の選択肢です。また、中国でビジネスや旅行をするのであれば、このツールを使わないわけにはいきません。

WeChatはテクノロジービジネスの賜物です。しかし、中国には検閲政策が存在するため、WeChatで議論しようものなら、他のユーザーから「デリケートな話題を出さないように」と常に注意を受ける。さもなければそのグループ自体が削除され、グループ管理者が責任を負わされることになります。そのため、中国本土にいる友人を守るため、また将来自分が中国に戻ったときに問題に遭遇するのを避けるためには、自己規制を行うことになります。

2つ目の要素は、惰性や「習慣的な忠誠心」です。当然のことながら、居住先の国では言語が障壁となります。WeChatの公開チャンネル[*2]にはそのような障壁なく、居住国に関する非常に豊富な情報が流れてくるため、海外に在住する中国人にとって重要な情報源となっているんです。WeChatには数千万の公開チャンネルがありますが、それらはすべて中国政府が定めた枠組みに従っている。公開チャンネルではニュースや意見が配信されるようにはなっており、個人や民間企業がそれを所有・運営しているように見えるものの、その多くは依然として国有メディアの系列や、いわゆる「赤い資本」[*3]の資金援助によって運営されていたりするのです。

[*2]WeChatの公開チャンネル:WeChat(微信含む)には、LINEのような個別の知り合いとメッセージを贈り合うチャットサービスと、フェイスブックやツイッターのタイムラインのようなフォローした相手が流した記事や情報を読むサービスの他に、記事や情報を流すことを前提にしたメディアのようなチャンネルをフォローして読むサービスがある。このチャンネルを公開チャンネルと呼ぶ。
[*3]赤い資本:英語圏でよく使われる「red capital」を直訳したもので、「赤」は「社会主義」を意味する。資本主義を否定する社会主義が資本を利用するという、矛盾した行為を揶揄する意味が込められていることもある。

●WeChatの二重構造、そして情報流通の非対称

オイワン:海外で運営されている公開チャンネルが、いかに中国の検閲システムにコントロールされているのかについて、詳しく教えてください。

ローズ:2014年にWeChatは、「微信」と「WeChat」の二つのシステムを構築しました。後者は、グローバル市場に対応するためのものです。この2つのシステム間の情報流通は非対称になっており、微信に登録された公開チャンネルは、グローバルシステム登録者と同時に中国本土登録者もアクセスが可能です。一方、WeChatに登録した場合、そのコンテンツは中国国内ではアクセスできません。

「港漂圈」や「北美留學生日報」[*4]のような一見独立した公開チャンネルは、ターゲットとしている読者が中国国外にいるにもかかわらず、中国本土の携帯電話番号を使って微信に登録されています。彼らは膨大な数のフォロワーを抱えており、非常に大きな影響力を持っています。しかし、微信のシステム下では、中国本土の検閲システムに従わなければならないという交換条件を受け入れなければなりません。

[*4]「港漂圈」や「北美留學生日報」:どちらも微信に設けられた公開チャンネルで、前者は香港の、そして後者はカナダや米国の現地のニュースや情報を、中国的視線でまとめて配信する。

グループチャットのような私的なコミュニケーションチャンネルであっても、海外の中国人が送ったセンシティブなメッセージは、中国本土の他のメンバーからは見えないようにされてしまいます。自分のメッセージに対する反応がなければ、ユーザーは自然にWeChatでの政治的議論を避けるのが習慣になっていきます。

今回は、3つの異なる国のWeChatユーザーグループを調査対象としましたが、ユーザーの習慣、特に自己規制にいたる行動は同じでした。

●海外在住者の政治参加は現地との交流手段

オイワン:そのような「テクノロイヤルティ」は、ユーザーやホスト国にどのような影響を与えているのでしょう?

ローズ: 海外に在住する中国人が居住国の社会に溶け込むのに影響していますね。彼らはそこに居を構えていても、もとの社会的関係を維持していて現地の主流文化との関係性が薄いため、地元の人たちとの交流の必要を感じない。彼らが求める情報資源はすべてWeChatで手に入るし、海外に在住する中国人の輪がどんどん広がっていく中で、「海外在住中国人」というアイデンティティを強化させています。

オイワン:論文の序文で、2019年にドナルド・トランプ氏がセキュリティやプライバシーを理由にWeChatを禁止する大統領令を出したことに触れておられますね。この政策について、どのようにお考えですか?

ローズ:報道によると、あれは大統領選挙に関連した決定だったようです。あの時は、WeChatを外国の利益相関組織と考えるか、それともツールと考えるかという、WeChatの本質が論点になりました。

開かれた社会に暮らす人々なら、ユーザー主体の市場においてWeChatと競争し、ユーザーの行動を徐々に変えていくという自信を持っているはずです。

しかし、開かれた社会には守らなければならないルールがあり、そのルールを自分の利益のために利用する人も存在するという、非常に脆弱なところもあります。そのために競争はそれほど平等でも公平でもなくなってしまう。原則として、わたしたちは言論の自由を支持し、あらゆるタイプのコンテンツプラットフォームを受け入れるべきです。でもその一方で、相手は開かれた社会を利用しつつ厳しい検閲を行っている。

オイワン:受け入れ側社会の人々は、WeChatに対して不安を募らせています。カナダ、オーストラリア、アメリカなどには、WeChatによる動員が選挙妨害や地域の政策干渉につながるのではないかと心配する声もあります。そのような不安に対処するための提案はありますか?

ローズ:海外に在住する中国人が政治に参加することを、彼らが現地の社会と交流し、調和するための手段であり、ポジティブなことなのだと受け止める必要があると考えます。人々は自由意志を持ち、開かれた社会の中核的価値観を理解している。

問題となるのは、特定の政治目的を達成するために、ユーザーを道具として利用するツールの組織的な利用です。新しいメディア市場において平等で公正な場を設けるための、独占禁止法などの政策レベルの施策を取ることが適切だろうと思います。

(原文は、Global Voices「An interview with media scholar Rose Luqiu about WeChat and techno-nationalism」

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